第23話 現在 ここは気候穏やかなエーリカの港町

 「うわあぁ……」

 ヨーコは次の日、自分の部屋で目を覚ましたあとしばらくぼーっと天井を眺めていた。

 混乱する自意識を整理して、今の状況を把握しようとする。

 ここは一人暮らしをしている自分の部屋だ。大学には徒歩でいける安いアパートの二階の一DKで、決して広くも綺麗でもないけれど、一歩、細い道を抜けていけばすぐに大学にも、商店街にもでることができる。

 エアコンもないけれど、窓を開けていても何かあったこともない治安のいい街の片隅だと確認する。

「やっぱり夢か……」

 寝たまま、残念そうにつぶやいた。

 ここは平和なエーリカ国。私は、ヨーコ・バーランド。この港町の大学に通う平凡な女子大生だ。

 残念ながら、戦争中のサマリナ国で、レイ・クレイバード教官から個人的に愛されている美少女飛行隊の生徒ではないのだとため息をつく。

「いやあ、でも、今朝の夢はやばかったな」

 顔を洗いにシンクまで歩きながら、思い出していた。

 今までも、美少女部隊の一員になって、教官と個人的に親しく話す夢は何度も見てきた。

 それは、こんなに毎日好きで調べていればそうなるだろうと、アパートの部屋をも埋め尽くすティルデの部隊の本やメディアを見ながらそう思う。

(それは、よくあること……だよね)

 あまり他の人の話は聞いたことはなかったけれど、そんなのは恋する乙女なら当然なことだとヨーコは力強く断言する。

 でも、今朝の夢ではついにレイ教官とベッドで抱き合っていた。

 船室のベッドで、ずっと震えている私を優しく抱きしめてくれていた。そのまま安心して寝てしまう……ということはなく私から強引に唇を重ねていき、服の間に手を差し入れて、体を求めていった。

「欲求不満なのかな……」

 そうつぶやきながら、裸で寝ている自分に覆いかぶさって優しい笑みで見つめている教官の顔を思い出して顔を赤くして気持ち悪い笑みを浮かべていた。

(レイ教官の顔って、誰かに似ているような……)

 視界いっぱいに広がったレイ教官の綺麗な顔を思い出しながらふとそんなことを思っていた。


 「そういえば、どうしよう」

 ヨーコは大学への道を歩きながら考えこんでいた。

 下宿から、大学までは十分も歩けばついてしまう距離だった。

 部屋をでる瞬間には、『ロヴィーサさんに一生ついていこう』と確かに決意していたのに、五分歩いたところでその決意が揺らいでいるのを自覚していた。

 大学の研究室のドアを開けた時にはもう『自分には無理だ』という気持ちになっていた。

「アルフ教授は実際に住んでいたことがあるんですよね。サマリナ国はどんなところですか?」

「うーん。夏は暑いね」

「うわ。何の役にも立たない情報」

 いつものだらけた研究室の空気そのものだった。

 机の上に整理されていない山積みの資料のせいで、カーテンも遮られて狭い研究室にあまり光が入ってこない。

 ヨーコは、資料を押し出しながら机の上に腰掛けてアルフ教授ににじり寄った。

「何かあったの?」

 ようやくこの若い教授は、顔をあげてじっとヨーコに向かい合ってくれた。ヨーコも教授の顔を見ながら、『何かこの口髭は不自然で、似合わないわね』とか勝手な感想を持っていた。

「サマリナにしばらく遊びに来ないかって誘われているんです」

「え? ああ、ロヴィーサから?」

「なんで分かるんですか?」

「だって、この間、迎えにきていたじゃないか」

 もっと秘密にしておこうと思ったのに、見ていたのかと残念な気持ちにもなっていた。

「まあ、そういうことなら……住みやすいかと聞かれれば、そんなことはないけれど……研究者としては一度は行っておくべきじゃない?」

 アルフ教授の返事に、納得しつつも少し寂しい気持ちにもなっていた。

 もしかして自分は引き止めて欲しかったのかもしれないと思いつつも前を向く。

「でも、私がいなくなったら生徒が少なすぎてサマリナ史科はなくなっちゃうんじゃないですか?」

 少し意地悪な笑みを浮かべながら、ヨーコは聞いた。

「そ、そんなことはないよ。研究室に通う子が少ないだけで……」

 そう言いながらもアルフ教授の目は不安そうに泳いでいた。

「え、もちろん、ヨーコ君は大学に籍は残したまま行ってくれるんだよね」

 その情けない言葉を聞いて、ヨーコは満足そうにロヴィーサからの誘いを受ける決意を固めていた。

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