第20話 現在 一緒に来ませんか?(前編)
「先ほどは、あの映画のシーンみたいで素敵でした」
「え? 何のことでしょう?」
ロヴィーサは、一瞬、昔のことを思い出していて、心がここにあらずという感じだった。
「さっきロヴィーサさんが後部座席を覗き込んできたときの仕草が、映画の中で教官に愛の告白をしたシーンにそっくりで。思わず私もときめいてしまいました」
ヨーコは、もう自分の世界に入っていた。車の中だというのに踊りだしそうな勢いだった。
「実際は、あんな綺麗なものじゃなかったのだけど……」
外の景色を見ながら、ロヴィーサはぼそりとつぶやいた。ヨーコからはアンニュイな思い出に浸っているさまがまた絵になると見えていた。ただ、ロヴィーサがヨーコの方に向き直ると、ティルデはヨーコの後ろでにやにや笑っていた。
「まあ、実際には最初の夜のデートは、ヘタれて何もできずに逃げ帰ってきたものね」
「え、な、なんで知っているの」
ティルデのからかいに、思っていた以上に慌てた反応をしてしまうロヴィーサだった。
「そりゃあね。みんな気になっていたからお帰りの時間からずっと監視してたもの」
「そうだったの……。ずっと見栄をはっていたのばれていたのね。何年も……恥ずかしいわね」
顔を手で覆って恥ずかしそうにするロヴィーサ。その姿をヨーコは心配そうに覗き込んでいた。
「ま、まあ、その後、イムルケンへの反抗の時に告白したのは、みんな知っているわけですし……」
「結果、振られたけれどね」
「だから、振られてないって言っているでしょ。ティルデお姉様はいつもそう……」
からかって笑うティルデに、反論するロヴィーサ。この流れも、なんとなく見慣れてきて安心してヨーコはにっこり笑っていた。
ただ、今回は少し違っていた。二人は言い争いを途中でピタリとやめて同じような動きでヨーコを見つめた。
「イムルケンへの反抗の時に?」
口を開いたのは、ティルデの方だった。ちょっと問いただすような口調にヨーコはちょっと驚きながら頷いていた。
「え、進入してきた青い機体の敵エースを、一人で迎撃に向かおうとしたレイ教官に告白した……んですよね。あれ?」
その言葉を聞いたティルデはロヴィーサに視線だけを向けた。
「あっているわ。映画ではエリーロの郊外でしたことになっているけど」
ロヴィーサは、無表情でそれだけを口にした。
「え、ああ、間違えてました? 他の資料で見たのと混ざってしまったんですね。すいません」
ヨーコからすればちょっとした間違いくらいだと思っていたので、笑いながら頭をさげていた。でも、二人は一度だけ顔を見合わせたあとは、それ以上何も言わなかった。
ほんの一分ほど重たい空気が車内に流れたまま、車はヨーコの大学まで戻ってきた。
「そ、それでは。本日はお世話になりました。貴重な経験をさせていただいて感謝しています」
三人とも車を降りて正門前の歩道に立った。周囲はもう暗くなってきていて出かけた時は違って、停まっている車も見当たらなかった。
ヨーコは深々と頭を下げて、心からの今日の御礼を述べた。
頭をあげると、ティルデとロヴィーサの姿を焼き付けておこうとじっと二人の姿を見つめた。時々、通過する車のヘッドライトに照らされる二人はやはり映画よりも美しい二人だと思った。
(最後、変な空気になってしまったから、何か笑いながら言って欲しいな……)
きっと、サマリナ国に戻ってしまったら、二度と会えることはない人だけに、最後の望みが叶ってくれることを期待しながら、少しの時間二人の言葉を待っていた。
「ヨーコさん!」
不意にロヴィーサはヨーコに真剣な面持ちで近づいてきた。
「あの……いきなり変なことを申し上げるのですが……」
(まさか、愛の告白とか……いやいや、あるわけないでしょ)
あまりにも真っ直ぐヨーコの瞳を見ながら話してくるのでヨーコも勘違いしてしまいそうだった。いや、いつも妄想の中では勘違いしているのだけれど。
「よろしければ私たちと一緒にしばらくサマリナに来ませんか?」
ヨーコの両手を握りしめ、真剣な表情でロヴィーサはヨーコの目を見つめてそう言った。それは映画でのレイ教官と別れるシーンによく似ていると思いながら、ロヴィーサの言葉の意味を何回か繰り返して理解しようとした。
「私がサマリナに……え? ええ!?」
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