第19話 過去 可愛い後輩への気持ち
「お姉さまは、すごいですね」
ロヴィーサちゃんは、私に駆け寄ると笑顔でそう言った。
飛行訓練が終わり、着替え終わった私たちは二人で宿舎へと帰り道についた。何か相談したわけではないのだけれど、少しだけ遠回りで砂浜の方から帰るのが最近の日課だった。
白い砂浜を夕日が赤く上書きしていた。田舎の白い砂浜と、お嬢様学校の伝統ある紺色の制服を着たロヴィーサちゃんの姿が対比して妙に映えていると感じていた。
私たちがこの島にきてからもう半年が経ち、いつの間にか、私は後輩たちの面倒をみる役割になっていた。
ロヴィーサちゃんは、妙に私のことを慕ってくれている。あまり人に心を開かないと思っていただけに意外だった。
もしかして、教官と親しくなるのに邪魔に思われているのではと感じた日もあったけれど、今は素直に私のことを尊敬の目で見てくれていると感じていた。
『何で?』という気持ちは少し残っていたけれど、こんな可憐な美少女に慕われるのは、悪い気はしない。
「まあ、私は紛争地域の出身で、その……元々、色々触っていたから……」
ちょっと鼻の下を伸ばした気持ち悪い笑みを浮かべているんだろうなと自分でも分かる。
さすがに一人ではないけれど輸送機の操縦桿を握ったことがあるとかはこんな女の子には言わない方がいい気がしたので、その点は濁している。
「それでもすごいです。私も早く『あれ』を一人で操縦できるようになりたいです」
彼女が振り返った視線の先には小さな小さな戦闘機の姿があった。
今はまだほとんどの生徒は訓練用の黒イルカと呼ばれる飛行機に乗っていて、私やマルティーヌといった上級生だけが、あの小さな白イルカみたいな戦闘機に乗って訓練しているのだった。
「あ、あれはあまり乗らない方がいいんじゃないかなあ」
私も視線を白イルカに向けながら、乾いた笑いをしたのだと思う。
最近、戦局は激しさを増していた。
最初は、『士気高揚のために』『万が一、何かが起きた時のために』くらいの雰囲気だった女学生の訓練も、今はかなり本格的になっていた。
何かあれば、半年後くらいには本気で戦線に送り込む気じゃないだろうかと私は疑っている。
(さすがに全員、前線に行くことはないだろう……)
こんな可憐なお嬢様たちは、戦場に行かないで欲しい。
気が立っている兵たちは、味方であっても何をするか分からないことを私は知っている。
もちろん、ほとんど兵は真剣にお国のために戦っている。でも、極限状態で一部のおかしい人がいれば、若い女の子なんて何をされるか分からない。
私もここに来るまではほとんど男の子のような格好で過ごしてきた。そして、それでも、危ない目には何度もあいかけた。
(ましてや捕虜になったりしたら……)
想像するだけで恐ろしい。
戦場に行くとしても私やマルティーヌといった最上級生だけでいいだろう。
ロヴィーサちゃんたち後輩には、この島でなんとか戦争が終わるまで暮らして欲しいと心から願っていた。
「いえ、私も早くお役に立てるように頑張りたいです」
本当のお嬢様は真面目だなあと思う。
ちょっと、厳しい訓練をしたくらいですぐに逃げ出そうとするマルティーヌたちとは違うと改めて感心するしかなかった。
「お国のためとか……もありますけれど、早くお姉さまのようになりたいです。憧れなんです」
真っ直ぐな瞳で、私の方を見る。
(『お姉さま』って私のことか……)
人生でそんな呼ばれ方をしたことがないので、私の頭が理解を拒んでいた。
どこかむず痒く、でも何か心の中が温かくなるような気がした。
(ああ、今が戦争中じゃなければ)
そうなるとロヴィーサちゃんに慕われるどころか出会う機会さえなかったかもしれないけれど、つい、そんなことを考えてしまう。
平和に首都のお嬢様学校で普通に学生生活を送ってみたかったと何度も思う。
「そういえば、『教官』には抱いてもらったのですか?」
「えっ?」
一歩前を歩いているロヴィーサちゃんを眺めていたら、可愛らしく振り返ってそんな言葉を投げかけられた。
今までの繊細な少女ならではのやり取りは何だったのかと思う直球な質問だった。
「いきなり、な、何の話?」
私はすっとぼけた。もちろん、何を聞かれたのかはだいたい分かっているのだけれど、何かの勘違いだと思いたい気持ちもあった。
「飛行訓練の成績優秀者には、教官と一晩一緒に過ごせる権利が与えられるんですよね。そして、今回のトップはお姉さまでしたし」
ロヴィーサちゃんは、私の方をまっすぐ見ながらそう聞いた。
太陽は半分くらい海に沈んでいて、赤く照らされた目がちょっと怖いと思ってしまった。
「そしてお姉さまは、教官のことが好きじゃないですか」
「いや、そんなことは……ないよ。まだ何もしてないし……」
何故か私の声は消え入りそうな声になってしまうのが自分でも分かった。
(なんだろう……この娘に罪悪感みたいものがあるのかな……)
どういう罪悪感だろうかと自分で考えて見ても良くわからない。
「そうなんですか。でも、次は私もちゃんと飛行訓練を受けられそうですし、負けませんよ」
「え?」
ロヴィーサちゃんの宣言に思ったよりも私はショックを受けていた。
「お姉さまに教えてもらってますけれど、次は私がお姉さまみたいにトップになって、『教官』と夜のデートをしてみせます」
私に対するその挑戦状は、思っていたより胸の中に大きな隙間ができたことを感じさせた。
(ああ、私はこの可憐な少女のことが好きなんだ)
はじめてすぎる感情が、こんな可愛らしい同性の女の子であることに私自身が戸惑っていた。
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