第18話 現在 青空デート(後編)

(え、え? 何が起きているの?)

 ヨーコには、体が浮き上がって、外の景色が一瞬どこかに飛んでいって海が真上に見えた気がした。

(ひ、ひいっ。こ、これが宙返り)

 映画では簡単そうに見えた宙返りも、実際に中でやられると怖いとか苦しいとかを通り越して体中叩かれ続けたような気分になっていた。

「ごめんなさい。乱暴な操縦をして」

 ロヴィーサは、丁寧に謝ってきたけれど、『ちょっと高速道路で速度違反をしてしまった』くらいのテンションだった。

「いえ、だ、大丈夫です」

 慣れてきたのかはヨーコ自身でも分からないが、急な宙返りではない旋回なら少々厳しくても大丈夫だった。

「無人機ね」

「ドローンってやつでしょうか。小さいですね」

 外の景色を見る余裕がでてきたヨーコは、周囲を飛んでいる飛行物体を確認していた。

「見えるの? ……すごいわね」

 大きい声を出したりはしないけれど、ロヴィーサは内心ではとても驚いていた。少しは期待していたのだけど、それ以上の言葉が続いてロヴィーサは言葉を失った。

「はい。プロペラが四つついていて、ヘリコプターみたいな。でも、翼もありますね。真ん中のところに武器が積んであるんでしょうか……うーん」

「……すごい」

 ロヴィーサは驚いた後で、覚悟を決めたかのように頷いた。

「ヨーコさん。お願いがあるんだけど」

 このままでは街の方に出てしまうのを避けるため、機体は再び大きく旋回していた。そんな旋回中にロヴィーサは軽い調子でヨーコに呼びかけた。

「は、はい。私にできることならなんでも!」

 ヨーコの方は真剣そのものだった。

「あれを撃ち落としてくれないかしら」

「え? あ、あれ?」

 『あれ』とは、もちろん追って来ているドローンのことだということはヨーコにはすぐに分かった。しかし、何を期待されているのかはさっぱり分からずに頭を抱えてしまう。

「後部座席で火器をコントロールできるの」

「え、あ、ああ、映画で見たことがある気がします! え? ま、まさか。私に?」

「そう、機銃を操って、あのドローンを撃ち落としてもらいたいの。私はこの狭い空間で逃げ回るのに精一杯だから」

「は、はい。分かりました!」

 真っ直ぐにまた山の方に向かう飛行機の中で、ヨーコは恐る恐る目の前にある操縦桿に手を伸ばした。昔、映像で見たように右コンソールにあるスイッチに手を伸ばすと、目の前のディスプレイに機銃と外の景色が映し出された。

「動いたかしら? 大丈夫。あとはテレビゲームみたいなものよ。マーカーがグラスに映っているでしょ? それを合わせてトリガーを引いてもらえばいいわ」

 ヨーコが目の前の操縦桿――今は火器コントロールのスティック――を動かすと、周囲のキャノピーにターゲットマーカーが連動して動いていた。敵に対する情報も投影されているから、あとはターゲットマーカーを重ねて撃つだけだ。

「は、はい。映画で見ました。 でで、でも、私なんかが本当に攻撃していいのでしょうか」

「もし、爆弾を積んでいたりしたら、私やあなた。ティルデに……ひょっとしたらあなたの街にも被害ででてしまうかもしれないわ」

「そ、そうですね。ためらっている場合ではないですね!」

 意を決してヨーコは操縦桿を握りしめた。確かにテレビゲームみたいと思いながら、視線を一点に集中させる。

 そしてトリガーを引いた。

(ひいいい)

 銃弾が発射される音と振動が下腹部に響いた。これでも静かな方だと聞いていたけれど、やっぱり小さな機体で、発射される機銃はコックピット内に大きな振動が伝わってきていた。

「外れた!」

 ちゃんとマーカーの中央に合わさったところでトリガーを引いているのに当たらない。数回繰り返しても、かすりもしないのでヨーコは少し息を吐いて自分を落ち着かせようとした。

(落ち着け。敵も動いている。風だってある)

 敵の動きと風を計算に入れて、もう一度狙いを定める。右後方のグラスディスプレイを見て、もう一度手前のディスプレイを見て調整をする。

「今!」

 またコックピット内に、機銃の振動と音が響き渡った。ただ、今度はその次の瞬間にも音が響いた。

「命中!」

「や、やりました!」

 狙ったドローンはプロペラが一つ弾き飛んで、小さな煙を上げながらくるくると回りながら落下していった。

「すごい!」

 ロヴィーサが珍しく興奮した声をあげていた。

「これから右に大きく旋回します。合わせてね」

「は、はい!」

(自機が右に旋回するんだから、狙いとしては……)

 さっきよりさらに複雑になった照準を調整する。息を止めてタイミングを見極めていた。

「今!」

 また機銃の音と振動がコックピット中に響いた。もうヨーコは驚きはしなかった。振動を楽しいとさえ思う余裕がでてきた気がする。

「命中! やりました!」

 機銃は見事に敵のドローンを打ちぬいていた。しかも、残り二機ともほぼ同時に撃墜していた。予想以上の戦果にロヴィーサはちょっと呆れていたくらいだった。

「すごい……。ああ、さっきから私、同じことしか言ってないわね」

「いやー。たまたまです。たまたま」

 憧れのロヴィーサに褒められて、ヨーコは満面の笑顔だった。



 地上に降り立ったヨーコを出迎えたのは、自然公園の豊かな緑の中に立つティルデの満面の笑顔だった。

「え?」

 こんな非常事態だったのにも関わらず、あまりにも朗らかな雰囲気にヨーコは違和感を覚えた。シルベストクや周囲の人も特に慌てた様子もなかった。

「どうかしら? 楽しんでくれたかしら」

 ティルデは、近づきながらそう声をかけた。

「も、もしかして……」

 ヨーコは斜め後ろに立っていたロヴィーサの方を振り返った。ロヴィーサは微妙な笑顔を浮かべながらも、つい罪悪感から目をそらしてしまった。

「そう。本当は敵なんていないわ。ドローンは私たちが作った演出よ」

 ティルデは腰に手を当てて、ウィンクしながら告白した。

「ええーーー!」

 その言葉にはしたなく大きく口を開けて、ヨーコは驚きの声を自然公園の原っぱに響かせていた。

「ごめんなさい。ティルデの悪ふざけにつき合わせてしまって……」

 神妙に頭を下げて謝ったのは後ろのロヴィーサの方だった。

「いいじゃない。教官のファンのヨーコちゃんに、是非、教官と同じ体験をしてもらおうと思ったの。楽しかったわよね? ね」

「いくらなんでも、やりすぎでしょ。本当の攻撃用ドローンが迫ってくるなんて私も聞いてなかったし」

「平気、平気。この国の偉い人にもちゃんと話は通してあるし、やっぱり、臨場感がないとね」

「何かあったら大問題でしょ。それにヨーコさんも驚かせてしまって!」

 割と激しい言い争いになってきてしまった二人の間に、ヨーコは割り込んだ。

「い、い、いえ。よく考えれば、本当に攻撃なんてあるわけないですしね。わ、私が勝手に驚いただけで……」

 ロヴィーサとティルデも静かに顔を見合わせていた。ヨーコにそう言われてしまっては、二人としても喧嘩をしている場合ではないので大人しくヨーコと並んで歩き始めた。

「でも、本当に貴重な経験でした。一生の思い出にします。ありがとうございます」

 ヨーコは、素直に感謝の言葉を口にしていた。

「そうでしょ。そうでしょ」

 調子に乗ってあまりにも満足そうなティルデを、またロヴィーサは厳しい目つきで睨んでいたけれど気にした様子もなかった。

「それじゃあ、送るから車でちょっと待っていてくれる?」

「あ、は、はい」

 来た時と同じ高級車が公園の中にまで入ってきてくれて、駐車していた。運転手のおじさんが後部のドアを開けて出迎えてくれていた。

 車に乗りこみながら、外を見るとティルデとロヴィーサの姿と一緒にさっきまで乗り込んでいた黒イルカの姿も見えた。

「シルベストク! 黒イルカの収納は頼んだわ!」

 ティルデが大きな声で指示していた。

(あれ、どうするのかな。シルベストクさんが操縦するのか、それともトラックとかで運ぶのかな)

 シルベストクは、敬礼していた。何かを待っている感じのようなのでどうやら後者らしいと思いながらヨーコは黒イルカの姿を名残惜しそうに眺めていた。少し、日が傾いてきてちょっと機体が赤く染まってきている。

(なんか夢みたいな一日だったなあ)

 明日からは普通の大学生活に戻るのだと思うと、今日のことは後で振り返っても実感が持てない気がした。せめて自分だけは、信じられるようにと飛行機やティルデとロヴィーサの姿を一生懸命に脳裏に焼き付けておこうと窓ガラスごしにじっと見つめていた。



「それで、どうだった?」

 ティルデは、悟られないように飛行機の方を向いたままでロヴィーサに話しかけていた。

「モニターした通りよ。あれって、本当に撃墜したのよね?」

「そうね。時間がたったら、煙だして落下させようと思っていたんだけど……本当に撃墜していたわ。いやあ、大損害よ」

「そもそも、実弾を使わなくても良かったんじゃないの?」

「ゲームだと分かったら本気を出してくれないかもしれないしね。大丈夫、私たちが使っていた環境に優しい機銃よ」

 その言葉に、ロヴィーサはとても嫌そうな顔で応じていたけれど、ティルデは気にする様子もないのでそのまま話を続けることにした。

「教えていないのに、機銃の操作は完璧。それにGに対してもあっさりと対応していたわ」

「そうね。あれで、普通の女子大生だというのはちょっとあり得ないと思わない?」

 ティルデは、にっこりと笑ってロヴィーサの方を向いた。ロヴィーサの方は、分からないという感じで目を伏せてしばらく考え込んでいた。

「ロヴィーサも、もしかして、レイ教官の生まれ変わりとか考えていたんじゃないの?」

「……生まれ変わりってわけじゃないけれど……でも、今はちょっと違うかもとも思ってる」

「そうかー。そういえば、ロヴィーサは、ずっとレイ教官はあのままで生きている派だったわね」

 意地悪そうな顔をしながら、ティルデはロヴィーサの肩を叩いて車に向かわせた。ロヴィーサは抗議したそうな表情でティルデを見たけど、ティルデの方は気にもしなかった。

「ヨーコちゃん。おまたせー。さあ、街に帰りましょうか」

 何事もなかったかのように、元気にティルデも車に乗り込んできた。

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