第15話 現在 黒イルカ
大学の校門前にいかにも高級そうな車が停まっていた。ヨーコは車に詳しくはないけれど、明らかに他の学生がサークルでドライブに乗る車とはランクも雰囲気も違うと感じていた。
(とても頑丈そう……もしかして、これって……)
危ない反社会的組織の車かもしれないとも思いながら、こわごわとヨーコは横断歩道を渡ると、その車に近づいていった。
運転席もスモークドガラスで覆われているので、遠目からは中の様子を窺うことができない。
(変な人に絡まれたりしても嫌だな)
最近、王政復古派とかいう人たちが大学前でも変な叫び声をあげていることがあるので間違えたくなかった。
そう思って、そんなに車の中に興味はありませんよという動きを演じながら、ちらちらと中を見ながら車の横を通り抜けようとする。
「ヨーコ様」
「ご、ごめんなさい」
自動車のドアが開いて、出てきたのがロヴィーサやティルデではなく長身の黒服の男性だったのでヨーコは慌てて謝って全速力で逃げるところだった。
「ヨ、ヨーコ様。お待ち下さい」
困ったように呼びかけてくる男性の姿を、後退りしながらよく眺めてみた。端正だけれど厳しそうな顔立ち、黒いスーツは如何にも反社会的団体に見えるけれど、体格とともに良い姿勢は真面目そうな雰囲気も漂わせていた。
(警察官とか軍人さんとか……でも、そんな知り合いいないし)
「もう! 怯えてしまっているじゃない」
「も、申し訳ありません」
車の窓から美少女が顔を覗かせていた。その美少女に叱られた長身の男性は肩をすくめて恐縮していた。
「ロヴィーサさん!」
車から降りてきたその美少女がロヴィーサであることを確認すると、ヨーコは安心して涙を振り払いながら駆け寄った。
「ごめんなさい。私たちも大学のどこに停めていいのか分からなくて……」
昨日のフォーマルなスーツ姿とは違い今日のロヴィーサは、かなりラフな格好だった。ジーンズ姿に白いシャツの上に夏用のジャケットをまとった姿はシンプルだけれど、美しさを際立たせていた。
(私服のロヴィーサさん。か、可愛い!)
着ている服が変わっただけなのに、ヨーコには親しみを感じるとともに、眩しく見えてしまい。我ながら気持ち悪いと思いながら、ヨーコはその姿を焼き付けるように見つめていた。
「あ、そうか。昨日、跪いていた軍人さんですね」
やっと、ロヴィーサの隣で立っているこの長身の男性が誰なのかを思い出して、ヨーコは手を打ってすっきりしていた。昨日は軍服姿が、高級ホテルに溶け込んでティルデやロヴィーサに紅茶を給仕する執事のようだった彼だ。
「はい。そのとおりでございます」
ヨーコのちょっと失礼な言葉にも表情を変えることなく男は会釈した。
「シルベストクも、ラフな私服で来なさいと言ったのに……」
「申し訳ありません。これくらいしかありませんでしたので……」
恐縮そうに頭を下げていても、ロヴィーサよりかなり頭ひとつ分高い。腰に手を当て不機嫌そうに見上げながらロヴィーサは、叱っていた。
(不機嫌なロヴィーサさんも綺麗だな)
ヨーコは、のんきにそんなことを考えながら二人の様子を眺めていたけれど、気がつけばかなり周囲の学生の注目を浴びてしまっていた。地味な大学には不釣り合いな高級車と派手な人たちの組み合わせは、学生たちの想像力あふれる噂話のネタになってしまっているようだった。
ロヴィーサの顔は、ティルデのように世界中で有名なわけではないのだけれど、ずっと多数の注目を浴びていればいればさすがにばれてしまうかもしれないとヨーコも考えた。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
(このままでは、明日には自分は最近、デモをしている王政派団体と交流があるとか勘違いされてしまうかもしれない)
監視員の視線に慌てたヨーコは、ロヴィーサたちを急かして高級車に乗り込んだ。
(そう言えば、結局、どこに行くんだろう……)
車が走り出してからしばらくしても聞くきっかけが掴めなかった。
運転手さんと、助手席にはさっきの長身の軍人であるシルベストクが大きな車なのに窮屈そうに座っていた。
後ろの座席でロヴィーサと並んでヨーコは大人しく座っていた。
「ごめんなさいね。私たちの国の大学は、前の道路に車なんていくらでも停めても問題ないものだから」
間違ってはいないけれど、自分の美しさによる注目度は分かっていないらしいロヴィーサは、少しずれた認識でヨーコに謝っていた。
「いえいえ。それであの……どこに向かっているのでしょう?」
(軽くウインクをして謝るロヴィーサさん! もう、可愛すぎて死にそう)
内心ではそんな思いが、いっぱいで暴れ出しそうだったけれど、何とかヨーコは冷静なフリをして受け答えをしていた。
きっと街の中を案内するのだと思っていたのだけれど、車は街の中心部を離れて、郊外に向かっていた。
「ひみつです。でも、いいものを見せてあげます」
またいたずらっぽくウインクをされて、ヨーコのハートは撃ち抜かれていた。
(でも、こっちの郊外ってゴルフ場くらいしか無いような……)
道路はすいてきて、高級車はエンジン音は静かながらかなりの速度を出しはじめていた。車の窓から見える景色は、一気に建物の数は減ってのどかな緑と遠くに海が見えるようになっていた。
「ヨーコさん。よく来てくれました」
そんな自然の中の道路を更に三十分ほど走った場所で、陽気に両手を広げて待っていてくれたのはティルデだった。車を降りたヨーコは、遠慮なくその胸の中に飛び込んで一日ぶりの再会を喜んだ。
「それにしても、ここってゴルフ場とかですよね。何もないと思うのですけど……」
ティルデの腕の中から離れると、ヨーコは不思議そうに周囲の原っぱを見回した。綺麗に揃えられた草は、風に揺られて綺麗ではあるけれど地元の人間からすれば、見るべきものは何もない。
「ゴルフ場はあの辺までで、こっちは自然公園らしいですけどね」
「地元の私より詳しいですね」
大学のために引っ越してきた街ではあるけれど、ヨーコはこの公園の存在も知らなかっただけに素直に感心していた。
「それで、今日はこの周辺を貸し切らせていただきました」
「え?」
よく周囲を見てみると、遠くでは警察や護衛らしい人が車を検問していたりした。普段の様子を知らないけれど、周囲にいるのは自分たちだけだった。
「そ、それでいったい私なんかが何をするんでしょう?」
さすがに、ちょっとヨーコも怖くなって恐る恐る聞いてみた。ちょっと脅かすことに成功して、ティルデは楽しそうに笑ったようにヨーコからは見えた。
「ヨーコさんには、【あれ】に乗ってもらおうかと思いまして」
ティルデが大きく手を広げて走り出して案内をした。
「これは……」
ヨーコもロヴィーサと並んで慌てて追いかけたその先にあったのは、彼女がよく見たことがあるものだった。
「ヨーコさんならご存知でしょう?」
「知っています。これはよく乗って……」
ヨーコはちょっと息を切らしていた。少し足を止めて冷静になる。
「え?」
ロヴィーサが、ヨーコを覗き込んでいた。
「ああ、違います。何を言っているんでしょう。……映画でよく見た機体ですね」
コンパクトにまとめられたグライダーのような飛行機だった。
「黒イルカですね! これって本当に飛ぶのですか?」
「本物よ。まさにレイ教官と一緒に乗って指導してもらったその機体よ」
ティルデたちが操って有名になった白イルカは、完全にコックピットが機体の中に埋まっているけれど、この練習用の複座機はコックピットは普通の戦闘機と同様に上に飛び出ていてキャノピーで守られていた。どの映画でも、レイ教官が女子隊員たちに実際の飛行訓練をする際に登場する。特に『エリーロの空を駆ける』では、レイ教官に憧れる女の子たちの憧れの席として描かれていた。
「えええ。す、すごい。レイ教官やティルデさんやロヴィーサさんがまさに使っていた機体だなんて……。さ、触ってもいいですか?」
「もちろんよ。触るだけじゃなくて、乗らない?」
「え?」
さっきもティルデに言われた気がするけれど、信じられずにヨーコは聞き直した。
「一緒に、あれで空を飛びましょ」
今度はティルデのいたずらっぽいウィンクに、ヨーコのハートはおかしくなりそうだった。
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