第14話 過去 夜のデートのお誘い

 私は、意外にこの生活に馴染めていた。

 名門お嬢様学校といいつつも、田舎の校舎に疎開したのがよかったのかもしれない。

 ここまでついてきた生徒の人数が減っていて変なグループから陰湿ないじめを受けることもほぼなかったからかもしれない。

 普通の授業もあるにはあったけれど、軍事訓練のまねごとみたいなことが多かったからかもしれない。

 

 原因は色々あるだろうけれど、特殊な環境になったおかげで私は意外に後輩に慕われる存在になっていた。

 お嬢様たちは真面目だ。

 もちろん、音を上げて首都に帰りたいといって泣いている娘もいたけれど、泣いている娘をみんなで励まし合っていた。

「かわいいなあ」

 休み時間に、建物の玄関の日陰に座りつつそんな後輩たちの体操着姿を眺めて私は、思わずそうつぶやいた。

 紛争地域で育った私や西部育ちの同級生たちとは違うのだと、純粋培養な後輩たちを見てしみじみ思ってしまった。

「ほんとにね。みんな可愛いね」

 そう言いながら、私の隣に腰掛けたのはイエンスと名乗っている教官だった。

「別にさぼってないですよ。体育の授業が始まるのは十分後だから、まだ自然に後輩たちが集まるのを待っているだけなんで」

「ふふ、別にそんなことを注意しようと思ってないよ」

 教官は、指を顎に当てて笑みを浮かべていた。

 ここに来た時に比べれば、かなり私たちに心を許してくれるようになったと思う。

「教官もあれですか。やはり、あのように若々しく眩しい太ももには思わず見とれてしまうものですか」

「あはは、何それ」

 後輩たちを見ながら言った私の言葉に、教官は大きな声で笑っていた。

 思わず後輩たちからも、注目を集めてしまい。こっそり後ろから後輩たちを愛でるような視線を送ることはできなくなってしまった。

 普段は、あまり感情を出すことが少ない教官だけに楽しそうな声にみんなが少し驚いて『教官があんなに楽しそうに……』『先輩は仲がよろしくて羨ましいです』とささやく声が聞こえてくる。

「いやあ、教官も男の人なので、こんな娯楽のない島だと持て余してしまうのではないかと思いまして……」

 自分でも余計なことを言ってしまったと思いながら、これ以上注目を浴びたくもないので顔を逸しながらそう弁明した。

「うーん。実は、僕は男性ってわけでもないんだよね」

 教官は少し私に顔を近づけながらそう言った。

(近づくな馬鹿。内緒話でいちゃいちゃしているみたいに、後輩たちに見えてしまうだろう)

 そんな風に思っていたけれど、言われた内容を頭の中で繰り返すと思わず振り返ってしまった。

「え?」

「実はね。僕は、男でも女でもないんだ。ちょっと普通の人間じゃないから」

 簡単に言う。そんなこと私にさらりと告白されてもどう返していいか分からずに困ってしまう。

「へえ。そ、それじゃあ、この間の話は詐欺ですね。教官ってば、嘘つきですね」

 重い話なのかも良く分からないまま、黙っていても空気が重くなるだけなので軽い調子でそんなことを言ってしまった。

「『この間の話』って? 何?」

「成績トップの生徒は、セッ……抱いて……じゃなくて夜のデートをしてくれるって」

「ああ……」

 視線を向けると教官は思い出しながら楽しそうな笑みを浮かべていた。

 目が合うのを避けた結果、つい体つきを確認してしまった。白く綺麗な肌だなとは思っていたけれど、引き締まった体はやはり細い男性のものにしか見えなかった。ただ、そう言われるとシャツ越しに見る胸のあたりは少し柔らかそうな感じも受けてしまう。

「まあ、抱いてあげることはできるよ。きっと君たちにも満足してもらえると思うよ」

 純粋な少年のような爽やかな笑顔で、そんなことを言われてしまい私は益々混乱していた。ついその服の中の体を想像しては、『そういうことか?』『いや違うか?』と何回も繰り返してしまった。

「そういえば、今のところ君が成績トップだね」

 イエンス教官は、私の耳元でそうささやいた後で立ち上がった。小さく、本当に私にだけ見えるように手を振ってから去っていった。

(やめろ馬鹿、秘密の恋人みたいじゃないか)

 何でもないふりをしながらも、自分で顔が赤くなっているのが分かってしまう。

 後輩たちの視線が逃げるために、立ち上がり建物の中にいったん入って落ち着こうとした。

 ふと、じっと後ろから見ていたらしい女の子と視線があってしまった。

(ロヴィーサ?)

 突き刺すように私のことを見ていたのは間違いがないと思う。ただ、興味深そうに見ていたのか、妬ましくみていたのかよくわからないままに、すぐにロヴィーサちゃんは、目を逸らすと廊下を通り奥へと小走りで遠ざかっていってしまった。

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