第12話 過去 救護室への出来事
何も別に変わらないと思っていた。
でも、次の日から異変に気がついた。
(あれ? みんな気合いが入っている?)
マルティーヌやロヴィーサたちだけではなく、隊員の少女全員の気合いが違っていた。いつもいやいややらされていたランニングの時間でさえ、私やティルデより前にでようとする少女がいっぱいいた。
「私たちも、真剣に生き残ることを考えたの」
誰かがそう言っていた。昨日のマルティーヌの話を聞いて考えたのだと……それはそれで嘘ではないかもしれない。
(でも、絶対、教官が言ったご褒美の方が目当てだよね)
教官との夜のデートをするために、みんな頑張っていた。そして、それは現在の成績優秀者を蹴落とさなければならない。
つまり、私を蹴落とそうとみんな一生懸命だった。
それでも、余裕のはずだった。
私は紛争地域で軍人の子どもとして生まれいきてきた、ちゃんとしたライセンスこそなかったけれど、訓練も受けてきて、輸送任務で実際の戦場で飛んだこともある。
暇を持て余したお嬢ちゃんたちが、多少やる気を出したところで私の優位は揺るがないはず……だった。
マルティーヌはあの日から生まれ変わったように真剣だった。座学もトレーニングも、完璧に準備をしてきて復習もケアも忘れなかった。
「教官と夜のデート。セックス。ふふふ」
苦しい時に、こぼれ出すこの不気味な独り言さえないなら、もうそれは完璧な生徒だろうと思う。
もう一人、ティルデは、それほど気合いを入れているようには見えなかったけれど何事も順調にこなして吸収していた。
二人は、私の地位を脅かしていた。
実際の飛行訓練に入ると、益々私の余裕はなくなっていた。
「この白イルカが、意味が分からなすぎなのよ!」
私は思わず機体を蹴飛ばしたくなっていた。この謎の飛行機の仕組みは単純だ。オモチャのようなグライダーは、ちょっと高いところから放り投げれば滑空するくらいに軽い。それが電気で動くだけの飛行機だった。本当にクリーンなエネルギーで電気を生み出しているのかは私なんかには分からないけれど。
しかし、電子機器は無駄にハイテクだった。白イルカの奥深くに埋め込まれたコックピットは、そのままでは外の景色は見えない。どうするかというと外のカメラから、コックピットの周りのディスプレイに景色を映し出していた。
(これって、電気が切れたらどうなるんだろう……)
全ての計器がディスプレイ上に表示される鮮明なグラスディスプレイだとかより、そんなことが頭をよぎってしまう。
もちろん予備の電池くらいはあるだろうけれど、動力だって電気なのだ。脱出装置は火薬で弾き飛ばすのだろうけれど、電気が切れたら何も分からずに何も動かせずに脱出するしかない。
(パイロットの命なんて考えていないよね。これ……)
ふざけた設計思想につい戸惑ってしまう。
でも、マルティーヌやティルデは、普通の飛行機に乗ったことがないから、何も戸惑わないし、疑わない。これが普通だと思っている。
(いや、元々、こいつらすごい度胸があるんだ)
もしくは、馬鹿なのかもしれない。自分がいかに危険な状況にいるかなんて考えずに白イルカを操っていた。
「何をぶつぶつ言っているの? どんな悪巧みをしても教官とのHは譲りませんよ」
「うん。お前はただの馬鹿だ」
変なちょっかいを出してくるマルティーヌを冷たくあしらうのは日常の風景になっていた。マルティーヌとティルデを羨ましく思いながらも、マルティーヌと同じレベルにもなりたくないとも考えるようになっていた。
そして、まだちゃんとした飛行訓練はしていないけれど、年下の子たちはもっと怖かった。
特にロヴィーサは、目に見えて天才だった。
シミュレーターでは、私はもう彼女に歯も立たない。
無口でやる気が無さそうに見えた最初の頃とは違って、今は積極的になり、年下のグループたちを彼女が引っ張っていた。
(そんなにあの教官がいいのかな……。まあ、小綺麗でははあるけれど……)
ぶつぶつ言いながら、ロヴィーサの姿を眺めていた。基礎体力訓練の後でも、凛と立っている姿は絵になっている。
出会った頃より、少し背が伸びたみたいだった。ブルマを穿いているので、他のショートパンツを着ているお友達より、更にすらりと脚が綺麗に見えた。率直に言って私より綺麗な脚だと思う。
(気合いを入れているのじゃなくて、教官にあの脚を見せているのかな)
ずっと眺めていると、教官の前では外側にふくらんで走ってみせているのが分かってしまった。
「あんな美少女なら、もっといい人が捕まると思うのになあ」
我ながらおせっかいのおばさんのような感想を言いながら、ロヴィーサと教官を見ていた。教官の方はといえば、小学校の先生のようにロヴィーサと同じくらいの年下の女の子たちの面倒に追われていた。
さすがの教官も元気が無限な少女たちの相手は相手は疲れたのか、暑そうに上着を脱いでシャツ一枚の姿になっていた。
そんな格好をめったに見せないので、思わず視線は教官の体に釘付けになってしまった。
筋骨隆々とかいうわけじゃない。むしろ、引き締まって細い気がする。それに、どこか男性的でもない女性的なところもある丸みもある美しさだと思ってみとれてしまった。
我に返って視線を逸したけれど、周囲を見るとマルティーヌもティルデも同じような反応で教官の上半身が気になって仕方ないようでチラチラと見ているようだった。
(でも、教官も無表情なままだな……。楽しくはないのかな)
こんな仕事だと思っていなかったと言っていた気がする。それでも、若い女の子ばかりに囲まれたらもっと嬉しそうな顔をしてもいいのだろうと思うのに、いつも優しげな表情だけれど心から笑っているところを見たことがなかった。
「ロヴィーサちゃん!」
私はなんで教官のことなんて見ているのだろうと首を振った瞬間に、ロヴィーサが倒れていた。周囲の女の子たちが騒いでいる中に見えた姿は顔が青白い。教官の前で頑張りすぎて貧血を起こした感じだろうか、頭を打ってないといいのだけれどと思いながら走って近づいた。
ロヴィーサまであと少しというところで、すでに教官がロヴィーサを肩に担ぎ上げていた。
「うお」
以前に、ブリットを救護室に運んでいたけれど、もっと小柄なブリットを担ぎ上げておんぶしてあげた時よりも、ロヴィーサを軽々と持ち上げて歩けるのは私から見ると驚きだった。
「き、教官。私は大丈夫ですから」
「いいから、大人しく運ばれなさい」
まだ意識がはっきりしてなさそうだけれど、恥ずかしそうなロヴィーサは、肩を貸した教官の手を一度は振りほどこうと腕の中でちょっと暴れていた。でも、線が細そうな教官なのに、全く微動だにしなかった。
それどころか、面倒になったのか両腕で軽々とロヴィーサを抱きかかえた。お姫様抱っこの体制のまま軽々と小走りで運びだした。
(やっぱり鍛えているんだなあ……)
実は軍人どころか飛行機もろくに操縦したことのないその辺の学校の先生なのじゃないだろうかとちょっと疑いもしていた。
ロヴィーサは諦めたように、いや、むしろこのチャンスを最大限に利用しようと教官の首にまわした手に力をこめて密着していた。教官の方は全く動じてなさそうだったけれど、ロヴィーサの太ももに回した手がちょっといやらしく見えた。
「いいな。うらやましい」
ぼそっとつぶやいたけれど、どっちの立場になりたいのか、私自身にもよく分かっていなかった。
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