第11話 現在 救護室の思い出
「あと言っておきますけれど、救護室にお姫様抱っこで運ばれたのは私ではありません。ブリットです」
すっかり打ち解けた二人だったけれど、ロヴィーサはあえて距離を置くように冷たい口調でそう言った。
「でも、ブリットさんの後に運ばれてましたよね」
「え?」
ヨーコは人差し指を自分のこめかみに添えて、記憶を思い出しながらそう言った。
ヨーコのそんな姿を見ながら、ティルデとロヴィーサはお互いに何かを言いたそうにちらりと横目で牽制しあっていた。
「ブリットがうらやましくて、わざと倒れたのよね~」
「わざとではありません」
先に声をあげたのは、ティルデの方だった。からかう言葉にロヴィーサはつい過敏に反応してしまう。格式あるホテルの一室に大きな声が響いてしまい、ロヴィーサも少しばつが悪そうな顔をしていた。
氷のエースパイロットとか呼ばれていたロヴィーサが、こんなに表情を豊かに人と話すのは珍しいことだった。ティルデでさえ普段はリーダー格として面倒をみているけれど、何でも一人でできてしまうロヴィーサにそれほど個人的な話をする機会はなかった。
「と、とにかく、映画で倒れてたのはブリットだけです」
「そうでしたか。何かで見た気がしたんですけど……最初は教官に肩を貸してもらっていたけれど、恥ずかしがって嫌がるから結局、抱きかかえられた時のロヴィーサさんが可愛いなって思った記憶があったんです」
眼の前のロヴィーサは、少し固まっていた。ヨーコの顔を見つめている。いや、周囲から見るとほとんど睨みつけているようにしか見えなかった。
「脅さないの」
「脅してはいません。ただちょっと……ひょっとしたらと思っただけ……」
「ん? 何が? んー。んー。ああ、そういうことか。うーん、ヨーコさんが……ねえ」
ロヴィーサはヨーコから離れてくれたけれど、今度はティルデにじっと見つめられてヨーコは滝の汗が流れてしまう。
(何? 何かの罰ゲームなのこれは? 嬉しいは嬉しいけれど……)
ヨーコの困惑など気にせずに、ティルデはキスしそうな距離にまで接近していた。しばらくの間、お互いに見つめあっていた。
(何だろう? これは? 私と見つめあっているわけじゃない)
ティルデの謎の行動は、良く見るとヨーコの目元などを確認しているように視線を動かしていた。
「まあ、事実なんだし。ブリットの本にでも書いてあったんじゃないの? それをどこかのテレビ局がドラマにしたとか……」
やっとティルデがヨーコの眼前から離れて、ロヴィーサに話を振ってくれた。離れてしまったのは残念なような気もしたけれど、心臓が持たなそうな予感もしたのでヨーコとしてはほっとしていた。
「書いてありません。だって、私がそのページを破り捨てたのですから」
「……ロヴィーサって、普段は礼儀正しいのに、ブリットに対してだけは横暴よね」
「横暴じゃありません。ブリットとは仲良いですから」
理由になっていない理由だった。でも、ロヴィーサはいつもの無表情なままで他人に興味も無く去って行きそうな雰囲気だった。でも、もう一度ヨーコの方を向くと柔和な笑顔で話しかけた。
「ちなみに、ヨーコさん。その映像だと私はどんな服装でしたか?」
「え? 可愛らしい体操着みたいな……紺色のパンツみたいなものを履いていて……」
「……教官はどんな格好でしたか」
「え? 普通に軍服で……でも、上ははだけてシャツ姿でしたね」
その返事を聞いて、ティルデはロヴィーサの耳元でささやいていた。
「……やっぱり、本当に見てたんじゃない?」
眼の前にいるので、ひそひそ話の声も大体ヨーコまで届いてしまう。
「あんな恥ずかしい映像は、残っていないはず……はずなんだけど」
ロヴィーサは、少し照れたような表情をしながら考えこんでいた。
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