第9話 現在 憧れの教官

 まだ戦場に出る前、島での出来事を熱いトークで語ったあと、ティルデは紅茶を飲んで一息ついていた。

「まあ、あの頃は私たちは教官が有名なエースパイロットなクレイバード兄妹だって知らなかったんだけど……」

「兄妹って、ご本人が言っていたんですか?」

 ヨーコとしては、その辺りが謎なところだった。

 大戦の時に活躍したと言われるクレイバード兄妹。五人の名前が有名だけれど、他にもいるという説があった。

 だから、ずっと今になるまでクローンだという噂は信じられてきた。いや、今もかなりの人が信じている。

「どうだったかな。妹がいるって言っていたとは思うのよね」

「教官は自分では、システムだって言っていたわね」

 ロヴィーサはこめかみのあたりを抑えながらなんとか教官の言葉を思い出そうとしていた。

「何? システムって?」

「兄妹で知識を共有しているって言ってたわ」

 ヨーコもティルデも、教えたロヴィーサまでも何のことかわからずに首を捻ってしばらく考え込んでしまった。

「……まあ、つまり兄妹なのよね」

 ティルデは深く考えるのをやめて確定している単語だけを理解した。

「まあ、ひょっとして何かが分かるかもしれないわ。今回の旅も、実はこの国でイムルケン攻略の時の遺物が……」

 ティルデが調子に乗って話そうとするのを、ロヴィーサが口を塞いで止めていた。

 今日出会った外国に人にする話ではないと言われて、確かにと少し頭を冷やして反省していた。

「す、すいません。余計なことを聞いてしまったみたいで」

「い、いえいえ。なんかヨーコさんのことは、昔から知っているような気がして、ついべらべらとしゃべってしまって。あ、あはは」

 距離をおかれてしまったけれど、まるで同級生のような会話にヨーコは嬉しくなっていた。

「それじゃあ、教官の魅力について……でいいかしら」

 ロヴィーサが話を止めてしまった責任を感じてなのか、単に自分が語りたい話なのか分からないけれど、話題を振って再開しようとする。

「教官は、隊員の少女たちみんなの憧れでしたね」

 ティルデがちょっと天井の方を見上げているようにしているのは、教官の姿を思い出しているようだった。

「確かに綺麗で格好いいですよね」

 ヨーコにとっては、わずかに残っている写真を見ただけの存在だったけれど、ヘルメットを脇に抱えて戦闘機に乗り込む姿は印象的で記憶にいつまでも残り続けていた。

「まあ、口では事あることに突っかかって、文句を言う子もいましたけれどね」

「そうね。ルミお姉さまとか……」

「ルミお姉さまは、最初から教官のことを好きだったのよ。好きな人にかまってもらいたくていじめちゃうような感じね」

「ルミお姉さまは、そんなんじゃなかったわよ……」

 ちょっと複雑な表情でロヴィーサは昔を思い出しながら微笑んでいた。

 最初は反発していた女の子たちも、最後にはみんな教官のことを好きになっていたと笑っていた。それは、ティルデ自身のことも含めているから笑っているのだと気がつくのにしばらくの時間がかかった。

「まあ、祖国のためとか女性の解放のためとか、実際にはほとんど考えていなかったわ」

 一番有名な映画のクライマックスで、様々な地方から集められた隊員たちがティルデの説得で結束した。その時に熱く語った言葉をティルデ本人が笑い飛ばしていた。

「だって、当時の政権があいつらだったし。当然でしょ。女の子たちは政治のことなんて興味は薄かったわ。実際には、みんな教官と寝るために厳しい訓練に耐えて頑張っていたのよ」

「寝る……ため……?」

 隊員と恋仲だった噂も聴きはしたけれど、予想していたより過激な言葉がでてきてヨーコは少し頬を赤らめて困惑していた。

「あら? 可愛い反応ね。そう、私たちは教官と夜のデートのために厳しい訓練を頑張っていたのよ」

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