第7話 現在 教官の思い出

「まず、レイ教官はクローン人間ではないわ。それは分かっていて?」

「はい。最初の頃に広まった間違ったイメージだということは知っています」

「よかったわ。最初の映画『第三○七飛行隊の奇跡』が有名になったのはいいのだけれど、未だに世間ではあのイメージが強いのよね」

 ロヴィーサは両手を広げて肩をすくめていた。お手上げだと言いたいらしかった。

「クレイバードさんたちが優秀なパイロットで、私たちの教官も含めてクローン人間だと思われていた。それはまあ、仕方ないと思う。それは、いいのだけれど……」

「何で! 教官があんなカタコトで話すロボットみたいなキャラクターになっているの!」

 意味が分からないわとロヴィーサは憤慨していた。恐らく彼女は、もう何千回と話したことなのだろう。それでも、今なお、熱く語るその姿にヨーコは驚きはしつつも、むしろ感動していた。

「ブリットさんの書かれた本を読みました。『エリーロの空を駆ける』という映画も大好きで、何度も見ました。」

「あら、『エリーロの空を駆ける』は、全然鳴かず飛ばずな映画だったのによくこの国で上映したものね」

 横からティルデから意外そうな声をあげていた。

 ブリットは、少女戦闘機部隊の一人で、一隊員の視点からリアルな少女部隊や戦争を記録していた。小説というようなものではなく、日記のようなものだった。そして、彼女の書いた記録を元に作られたのが『エリーロの空を駆ける』という映画だった。派手なアクションや戦争での空中戦はあまり描かれておらず。隊員だった三人の少女の儚い恋物語を中心に描かれた地味な作品だった。

 残念ながら全くヒットしなかったけれど、隊員たちとその教官の描写は一番事実に近いものだった。

「いい映画よね。私がたまに悪者なのが納得はいかないけれど」

 別の理由で憤慨するティルデに、ヨーコは今度は苦笑いで応じるしかなかった。映画の中では、規則と部隊として生き残るために個人の勝手な行動を認めないリーダーだった。それは、実際にもそういうことはあったのだけれど、映画の中では恋路を邪魔する役目が強調されて描かれていた。

「まあ、『エリーロの空を駆ける』を見たならすでに分かっていると思いますけれど、教官は普通の……普通ではないか……とにかく優しくてコミュニケーションもよくとってくれる教官でした」

「そうね。綺麗で格好良くて、すぐに若い私たちはみんな教官に憧れていたわ」

 ティルデが言った言葉に、何故かロヴィーサが頬を赤らめて照れていた。

 今なお思い出すだけで、頬を赤らめるロヴィーサを見て、ヨーコはこの世界で一番尊いものを見たとでもいうようにその姿を脳裏に焼き付けて満足していた。

「でも、なぜ、レイ教官みたいな優秀なパイロットが、あんな田舎で私たちみたいな小娘たちを教えてくれることになったの?」

 ヨーコではなく、ロヴィーサがそう尋ねた。

 ティルデは『何で、今さらそんなことあなたが聞くのよ?』という目つきをしたが、客人の前で怒るのは良くないと思ったのか抑えて説明していた。

「本人は、『騙された』って言っていたらしいわ」

「だ、騙された?」

 ヨーコとロヴィーサは同じような反応で驚いていた。崇高な使命があってとまでは言わないが、何か考えがあって少女のみの飛行部隊に来たのだと思っていたのにどうやら違うらしいと聞いてショックを受けていた。

「あの学校の校長代理が……なんて名前だったかしら……あの人が教官のことは昔から知っていて招いたらしいわ」

「昔から知っていて、ちゃんと招いたのなら別に騙してはいないのでは?」

「それが……教官は普通に傭兵のお仕事だと思って私たちのところに来たらしいわ」

 普通の傭兵のお仕事ってどんなのだろうとヨーコは頭の上にクエスチョンを出しながら考え込んでしまう。

「そういえば……確かに最初の頃は、教官は上の人たちによく怒っていましたね」

 ティルデは懐かしそうにそう振り返った。

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