第6話 過去 イエンスと名乗る教官
(思ったより若い人だな)
それが、私の教官に対する第一印象だった。
先の大戦でも飛んだ歴戦のパイロットだという噂が流れていたので、勝手に厳しそうな中年か初老の男性を想像していた。
(男の人? いや……女の人?)
男の人だと疑いもせずにここまで来たけれど、顔を見るとどこか端正だけれど女性のようにも見えてしまう。どこか憂いを帯びた表情は中性的な美しさを溢れさせていて、性別は不明でも思わず見とれてしまった。
「教官」
正面から呼びかけたつもりだったけれど、残念ながら、教官の方は私に興味を持ってくれなかったようだった。
その人は私たちが乗るはずの飛行機にだけ、興味を奪われてじっと見つめていた。
(まあ、『あれ』はベテランパイロットほど奇妙に思うのでしょうね……)
大人しく待っていてくれずに、格納庫まで行って覗き込んでいるこの新任の教官に私は不満は持ちながらも仕方がないことだろうと思う。
無粋なエンジンが目立たない小さなグライダーのような機体だった。前線で戦っていたパイロットからすれば、とても戦闘機には見えないのだろう。
「キャノピーも風防も透明ではないのか……。何だ……これは……」
「はい。コックピットが全てディスプレイになっていて外の景色が映し出されます」
白く滑らかな表面を触りながら、いつの間にか教官はコックピットに乗り込もうとしているかという時に私は声をかけた。
「無駄に高度な技術だな……え?」
やっと教官は私という存在に気がついてくれたようだった。それと同時に『何でこんな少女が?』という目で見ているのが伝わってきた。
「君は?」
「ここの生徒です。新しく赴任された教官殿を案内するように言われてまいりました」
私はしっかりと敬礼をして、教官に答えた。
「ああ……イエンス・ポーアです」
敬礼を返してからイエンスと名乗るまでに僅かな間があった。おそらく名乗り慣れていない偽名なのだろう。そして、声を聞いても男性か女性かは良くわからないと思った。
(まあ、どっちでもいいか)
教官はわずかの間だけ、私の方をしっかりと向いてくれた。揺れる前髪の間から憂いを帯びた目で私の方をじっと見て『こんな若い娘が軍学校に配属されて、なんて可愛そうなんだ』と同情してくれたことは分かった。
でも、私の受け答えを聞いて『幼く見えたけれど、そこまで子どもというわけではないか』という表情に変わっていったようだった。
「そう。ありがとう。正規の軍人が出迎えにくればいいのにね。大変だね」
教官は、優しい表情で私の頭をなでてくれた。私が童顔だからか、子ども扱いなのは変わらないようだった。
(まだ、何か勘違いしているような……)
私はこの島の生徒の中でも最年長の一人なのだと伝えた方がいいのだろうかとしばらく悩んだ。
「君はこの飛行機のことは知っているの?」
「はい」
「これは戦闘機なんだよね?」
再び、私のことは興味なさそうにじっと飛行機を見つめたままで話していた。
「はい、その通りです」
教官は私の返事を聞いても不思議そうに機体に触りながら、とうとう軽快にタラップに足をかけてコックピットに乗り込んでしまった。
無粋なエンジンが目立たないので翼の小さいグライダーのようで、とても兵器のようには見えないのだろう。
けれど、実際には無駄に最新技術が使われている。
この国の豊かな自然環境を壊さないようにと、条約で取り決められたこの『環境に優しい戦闘機』は、一見、簡単なエンジン付きグライダーのように見えるけれど、エンジンも条約をすり抜けた最新鋭のものだった。
「これでいいのか」
イエンスと名乗った教官は、全てを理解したようにキャノピーを閉じていった。
「これは……」
この戦闘機は風防もキャノピーも透明ではなく、ディスプレイに外の風景が映し出される。計器もほとんどなくHUDで映し出されるその光景は初めて体験すると驚くことだろう。
「いかれている。これに乗ることが怖くないパイロットなんているわけがない」
息苦しそうにイエンス教官は、キャノピーをすぐに開けてでてきた。
最新鋭戦闘機では、グラスディスプレイが当たり前になっているから、それほど目新しい技術なわけではない。
合理的ではあるけれど、何かが故障したら、真っ暗な中で空だけを飛ぶことになる。だから、ベテランのパイロットたちはこんなものに乗れるかと反対してしまったらしい。
「だから私たちがパイロットらしいです」
私のその言葉に、コックピットから飛び降りてきた教官は綺麗で真っ直ぐな視線でこちらを見つめた。
しばらくの沈黙。
多分、私に怒っても仕方ないと理解してくれたのだと思う。
数秒後に何か考え事がまとまったのか爽やかな笑顔を浮かべるとそのまま数歩歩いて私に近づいてくると私の頭をなでてきた。
「え? あの? な、なんですか?」
端正な顔が近くて私はどぎまぎしながら、ただ撫でられるままになっていた。
「いや、何でもないよ」
教官は、優しい声でそういうと私の頭から手もはなしてくれた。
『この娘たちは頭がいじられているのではと思って確認したんだ』と教えてくれたのは後のことだった。
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