第4話 過去 疎開した島で

「あの建物がしばらくみなさんの新しい学校になります」

 ここ数ヶ月で髪に白いものが目に見えて増えた気がする初老の女性校長先生は、私たちに向かって無理やり笑顔を作りながらそう紹介した。

「わあ、自然がいっぱいなんですね」

「本当に緑に囲まれた学校ですね」

 何人かのお嬢様たちは、前向きな言葉をひねり出していたけれど彼女たちでさえも明らかに怖がっていた。電気のない生活なんてしたことがないだろうし、虫を踏んづけたこともないのだろうと思った。

(でも、思っていたよりは立派かな……)

 田舎というか、紛争地域出身の私の基準だけれど……そう思った。

 この辺は夜は真っ暗かもしれないけれど、私たちの宿舎は電気も水道も通っているようだし私からすれば十分すぎる生活を送れそうだ。

 やっとの思いで紛争地域から抜け出し首都の名門お嬢様寄宿学校に入学したと思ったのに、私が寄宿暮らしをする前に学校が目の前で爆発した。私からすれば何の冗談だと思うのだけれど、そのまま学校は首都からかなり離れた島に新しい仮の学校に引っ越すことになったのだった。

 この島に来るまでに、まだ挨拶さえしたことがないけれど私のクラスメイトは半分以下になっていた。

 国外に脱出できるような特権階級さまは、家族ぐるみで逃げたのだと聞かされた。

 田舎だとしても、この島よりももう少しだけ栄えている町がある学校に転校した娘も多いらしい。

 残った生徒がみんな私のように貧乏人というわけじゃない。ほとんどみんなかなり裕福な家庭のお嬢様ばかりだった。ただ、安全な場所に逃がすコネがない親はそのまま娘を田舎の学校に預けた方がいいと思ったのだろう。

 要するに疎開させたいのだと思った。

 戦争がはじまり、首都も安全ではなくなった中で親御さんも田舎の島でのんびりさせた方がいい。きっとそう判断したのだろう……とこの時は思っていた。 

(まあ、お店も何もないかもしれないけれど……ここが平和なら私はそれだけで十分……)

 少し回り道をして、高台の上から豊かな自然を眺めていた。

「綺麗な建物だけど……グラウンドはかなり広いのね」

 いつの間にか、まだ幼そうなお嬢様の一人が私の隣まで並んできてそうつぶやいた。

「待ってよ。ロヴィーサ」

 回り道をしている間に、中等部の生徒にも追いつかれていたらしい。後ろから、まだ華奢な感じがする女の子たちが合流してきていた。

「ブリットは先に行っていてもいいのよ」

 ロヴィーサと呼ばれた女の子は、後ろからわざわざ心配そうに駆け寄ってきてくれた友達に対してそっけない態度のままじっと高台から海の方を見下ろしていた。

 (すごい美少女)

 思わず目を奪われてしまった。

 木漏れ日に照らされて揺れる綺麗なストレートな髪は、最高級のお人形なんじゃないかと真剣に思った。

 動く目鼻立ちを見ても、まだそういうお人形なんじゃないかと疑って、私は横目で何度も見直してしまった。

「いえ、違いますね。グラウンドだけではないみたい? 隣にあるのは滑走路?」

 私に面と向かって話しているわけじゃないけれど、なんとなく同意を求めている気がしたのは決して話すきっかけを待っているわけじゃないと自分に言い聞かせる。

「そうね。滑走路ね。人の乗っている小さな飛行機が見えるわ」

 私だけに見えているのじゃないかと心配していたけれどやっぱりお嬢様たちにもそう見えるのだと思って少し安心した。

「目がいいんですね」

 ロヴィーサはそう言って今度ははっきり私の方を見て微笑んだ。あまりにも眩しい美少女の笑顔に、私は照れたように視線をずらしてそっけない態度をとってしまった。

 少し残念そうな顔をしたと思ったのは、私の願望かもしれない。そのままロヴィーサは、小走りで友だちの元へ走り合流してしまった。

(何を残念がっているんだ、私は)

 そう後悔しながら、私も高等部の集まりに戻った。と言っても、友だちもいないし、少し離れて歩きながら島の様子を眺めていた。

(何か変だ。学校というよりここは……まるで……)

 嫌なことに見慣れた景色のような気がしてしまった。

 いや、あんな紛争地帯とはもうおさらばしたのだ。田舎であっても平和に学校で過ごすことができるはずと思っていた。

 でも、滑走の片隅に小さなグライダーのような飛行機を何機もみつけてしまったときには嫌な胸騒ぎが嫌な確信に変わっていった。

「皆さんには、これから新しいお勉強をしてもらいます」

 たくさんの飛行機を見て騒いでいる中等部の生徒たちの前に立ち、女校長先生は手を叩いて生徒たちの視線を集めていた。

「皆さんには、なんと飛行機の操縦を覚えてもらいます」

 『お裁縫を覚えてもらいます』『ダンスを覚えてもらいます』と言う時よりは、ほんの少しだけ高いテンションでこの先生は説明した。

 でも、笑顔がひきつっているのが私には分かる。なんでこんなことを言わなければならないのかと内心では思っているのだ。それはそうだろうと先生の立場に同情する。

「私にはとても難しそうですわ」

「で、でも空を飛べるなんて素敵じゃありませんこと?」

 戸惑いながらも、ここでも何とか前向きに騒いでいるお嬢様たち。

 本当に育ちのいい娘たちばかりだ。

 そんな喧騒の中で私だけが冷めた顔で先生越しに滑走路の様子を見ていた。 

 先生も知らない。この中で私だけが知っている。

 一見、小さくて可愛らしく見えるあの飛行機のことを。

「あれは戦闘機だ……」

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