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 そう思っても、スーツケースを持ち上げて運ぶのも大変そうだった。


 廊下の端、階段のある所までスーツケースを運ぶと、菊子にはここからが大変だった。

 菊子の部屋がある二階まで、階段を傷付け無い様に一段一段慎重にスーツケースを運ぶ。


 ううっ。

 地獄。


 菊子は、やっとのことで部屋たどり着くと、ベッドに鞄を、どさりと載せ、そして、スーツケースを何処に置くか悩んで、結局、部屋の入り口の隣に置いた。

「ふぅ」

 菊子は腰に手を当てて一息ついた。

 何げなく視線を移せば、ドレッサーに映る自分の顔が見える。

 髪が乱れているのに気が付いて菊子は指先で髪を整えた。

 家政婦の仕事をするからと、一つに結わえて来た髪。


 変じゃないかしら。


 何て、思ったりしてみる菊子。

 菊子は、しばらくぼんやりと鏡を見ていた。

 化粧の出来栄えがいまいちだな、何て、ため息をつく。


 いけない、目黒さんが待っているんだった。


 そう思い出すと菊子は鞄からスマートフォンと折り畳みのエコバックを取り出し、着ていたグリーンのパーカーの大きなポケットにそれを滑り込ませて直ぐに部屋から出た。




 菊子がスリッパの音を、ぱたぱたと鳴らせながら階段を下り切ると、真っすぐの廊下の先、玄関の方に雨と日向がいるのが菊子に見えた。

 菊子は急ぎ足で廊下を進み、雨と日向の下へ向かった。

 菊子が二人の側に着くと、笑顔の雨と、ふくれっ面の日向が菊子を待っていた。

「すみません。お待たせしてしまったでしょうか?」

 菊子がそう言うと、雨が首を横に振り、「いや、全然」と言う。

 日向の方は無言で腕を組み、菊子を眺めているだけだった。

 そんな日向の態度に菊子は肩をすくめる。

 日向と仲良くしてくれたら嬉しい、と雨はそう言ったが、果たして上手くいくだろうかと菊子の頭の上に疑問が過る。

 菊子は心の中でため息を吐き出し、日向から視線を雨に移す。

 雨の車椅子は電動式の物に変わっている。

 雨の手が、ジョイスティックレバーをそっと握っているのを菊子は眺めた。

 菊子の視線に、雨が「買物に行く時はいつも、これなんだ」と言った。

「それ、格好いいです」

 菊子がそう言うと、雨は、「ん、ありがとう」と、少し照れくさそうにして言った。 

「あの、所で、日向さんは何故ここに? もしかして、日向さんも一緒にお買い物ですか?」

 菊子がそう訊いてみると、日向は渋い顔を作り、「そんな訳無いだろ」と答えた。

 雨が、ふふっ、と笑い、「日向はね、どうも俺と菊子が二人で買い物に行くのが心配らしいんだ。それで、ここまで見送りに来てくれたんだよ」そう説明する。

 なるほど、そういう事か、と菊子が目を細めて日向を見ると、日向は幾分か気まずそうにした。

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