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 敵わないな、目黒さんの笑顔には。


 菊子は心の中で呟く。


 目黒さんって、誰に対しても、こんな風にして笑うのかしら。

 

 だったら何?

 と菊子は考える。

「菊子、どうした。怖い顔してる」

 不意に訊かれて、はっとした菊子は取り繕う様に残りのピザに手を伸ばす。

「別に、何でも無いです。怖い顔なんてしてません。目黒さんの気のせいです」

「本当にそう?」

「しつこい! うっ!」

 食べながら喋っていた菊子は喉にピザを詰まらせた。

 急いでペリエを瓶に口を付けて喉に流し込む菊子。

「お前、何やってるんだよ! 大丈夫か?」

 雨が慌てる。

「ゲホッ……大丈夫です……」

 涙目の菊子を、雨がやれやれと言う様に見ている。

 菊子は恥ずかしさを誤魔化すようにピザに再び齧りついた。

「菊子」

「何です?」

「顔にチーズが付いてる」

「えっ」

 菊子は自分の口元を探る。

「そこじゃない。左だ」と雨。

 菊子は左側の唇の近くを探ってみる。

 しかし、チーズの存在を掴めない。

「もっと上」

 雨に言われて指先を動かす菊子。

「いや、もう少し下だ」

 雨はじれったそうに言う。

「えっ? えっ? どこ?」

 菊子は自分の口の周りを撫でまわす。

「仕方ないな」

 そう言って雨は車椅子を動かした。

 雨は菊子の側まで来ると指先で菊子の唇の直ぐ近くを拭う。

「取れた」

 そう言って雨は指に付いたチーズの欠片をばくりと食べてしまった。

 その様子に菊子は唖然とする。

 何が起こったのかを理解するまで数秒。

「ななななっ、何やってるんですか!」

 顔を真っ赤にした菊子に雨は、きょとんとした顔で「何って、何が?」と問う。


 何がって何よ。

 この男、とんでもないわ。


 頬を膨らませる菊子を雨は「面白いやつだな」と笑うのだった。

 さっきまでのしんみりした雰囲気はこれにて払拭されたのだった。





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