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 既にピザをほうばっている雨を上目使いに見てピザを齧る菊子。

 ピザはもう冷めきっていた。

 黙って二人でピザを食べる。

 雨は口の中のピザを飲み込むと、また話し出した。

 菊子は、ピザをどうしようか迷った挙句、そのままピザを食べながら雨の話を聞く事にした。

 雨も、ピザを齧りながら話を続けた。

「母さんと時子さんがどんな話をしたのかは覚えてないんだ。でも、話が終わる頃には二人は不思議と打ち解けてた。それに、母さんは日向を気に入ったんだ。俺が想像してた修羅場も無く、俺と母さんは日向の家を後にしたよ」

「何て言ったらいいのか、言葉が見つかりません」

 そう言う菊子に、雨は「別に良いさ」と、さっぱりと答えた。

「母さんと時子さんは親父に隠れて時々、会う様になったんだ。時子さんは明るい人で、優しくてさ。母さんには特に優しくて、それで、まるで母さんの妹みたいに母さんに甘えたりして……母さんは孤独な人だったから、時子さんみたいに孤独を埋めてくれる人が必用だったんだ、きっと。俺もたまに時子さんに会いに一緒に連れて行かれたよ。日向も一緒に四人で会ったりしてた。遊園地に行ったり、買い物したりさ。出掛ける時、日向は俺と手を繋ぎたがった。日向の小さな手が俺の手を掴むんだ。日向と手を繋ぎながら正直、何やってんだ、とは思ったけど別に嫌じゃ無かった。時子さんと母さんが仲良くなったお陰で浮気の事で母さんと親父が喧嘩する事は少なくなったよ」

 雨の複雑な家庭環境に菊子は眩暈がした。

 自分の孤独を夫の浮気相手で埋めていたという雨の母親の事を、菊子は理解出来ない。

 雨はそれで良かったというのか。

 しかし、それを雨に訊く事は菊子には出来なかった。

 出来るのは、ただ雨の話しに耳を傾ける事だけだった。

「そんなこんなで、色々あって、時子さんと日向がいる事が俺の中で当たり前になって、時が過ぎて行って、俺が十六の時に、時子さんが病気で亡くなったんだ。元々体の弱い人だったから……。それで、親父が日向の後見人になってさ、家で日向と一緒に暮らす事になったんだ。母さんも俺も反対しなかった。親父はその事を不思議がってたみたいだったけど反対しなかった理由は訊かなかったな」

 菊子は小さく頷く。

「日向が家に来てから、不思議な事に、親父と母さんの仲は上手く行く様になったんだ。今にして思えば、多分、日向がそうなる様に頑張ったんだと思う。日向は親父に可愛がられていたし、何より母さんに懐いてた。それに、俺の事、しょっちゅう兄貴、兄貴って追い掛け回してさ。俺は、そんな日向がどうしようもなく可愛くなったんだ。愛しく思えた。日向は、俺がこんな風になった今だって俺の側にいてくれてる。俺には過ぎた弟だよ、本当に」

 そうやって日向の事を話す雨の目は優しく、穏やかだ。

 菊子はそんな雨を見て「目黒さん、日向さんの事、好きなんですね」と言う。

 雨は笑う。

「ああ、大好きだよ。だから、大好きな日向と大事な友達の菊子が仲良くしてくれたら、俺は凄く嬉しいんだよ」


 そんな言い方はずるい。


 そう思いながらも、菊子は、「はい、目黒さんのお望みのままに」と答えていた。

 菊子の答えに雨は、とびきり嬉しそうに微笑んだ。

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