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「目黒さん……」
菊子の見た雨の目はどことなく悲しそうな色をしている様だった。
菊子は思う。
もしも、自分が雨の恋人だったなら、きっと今すぐに雨を抱きしめているだろう、と。
しかし、それは出来ない。
友達だから。
だから菊子は雨を見ているだけだった。
雨の話しは続く。
「俺が十歳になった頃、何を考えていたのか、母さんが俺を連れて日向の母親に会いに行ったんだ。二人でバスに乗ってさ。それで、たどり着いた日向の家ってのが、呆れるくらいの安アパートで、母さんは俺の手を握りながら、しばらく日向の家の扉の前で無言で立ち尽くしてた」
「はい」
「今まで俺の手なんか握った事無かったくせに、その時、母さんは俺の手を握ってた。手を握る力が……痛いくらいに強くさ。痛くて、手が痺れて嫌だったけど俺は母さんの手を振り払えなかったんだ」
「…………」
「しばらくそうしていると、扉が開いてさ、若い女が中から出て来た。綺麗な人だった。それが日向の母親だった。母さんは目を見開いて日向の母親を見ていたよ。向こうは向こうで驚いた顔でこっちを見てた。俺は何だか怖くなってね。これから何が始まるんだろうって」
雨が、くすり、と笑う。
意味があるのか、無いのか分からないその笑いに菊子の胸に痛みが走る。
「そんな顔するなよ」
雨が優しく言う。
菊子は、はっとする。
そして沈み込む。
「自分がどんな顔をしているのか分かりませんが、気に障る顔をしていたらごめんなさい」
そう謝る菊子に雨は、「これから話す事は、菊子が想像する様な悲惨な話じゃ無いから心配するなよ」と笑顔で言った。
「ごめんなさい」
正直な話、友人の悲惨な幼少期の話が展開されていくんだと雨の言う通りに思っていたので菊子は顔を赤くした。
目黒さんはそんな話しする人じゃないのに。
「俺の方こそ心配させる様な話をしてごめんね」
雨はとびきり優しい声でそう言う。
菊子は黙って頷いた。
雨は微笑むと、また話し出した。
「母さんは俺の手を引いて、その場を去ろうとしたんだ、でも、日向の母親……時子さんって言うんだけど、時子さんに引き止められて。どちら様ですか、って訊かれたよ。母さんは震える声で、目黒の妻ですって答えた。すると、時子さんが、中で話しましょうって、家の中に入れてくれて。中に入ると、三歳の日向がいてさ。これが俺の弟かって思うと、何だか……頭が真っ白になったな。日向は人懐っこくて、俺達が来た事にとっても喜んでくれて。日向は母さんを気に入ったみたいで、母さんからずっと離れなかった。母さんも母さんで、まんざらでもない様子でさ。浮気相手の子供だってのに日向の頭を撫でたりして、変な感じだったよ。日向を膝の上に乗せた母さんと時子さんが向かい合ってコタツで話をしたよ。俺は部屋の隅で膝を抱えて座ってた」
雨は、ホウレンソウのピザにフォークを伸ばすと皿に滑らせる様にピザを入れた。
「菊子も食べな」
「……はい」
菊子は言われるままに、雨と同じホウレンソウのピザを皿に取る。
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