雨と日向の関係

1

 雨は涙目の菊子を怪しそうに見つめて、「もしかして日向と何かあった?」と菊子に訊いた。

 言われて菊子は、さっきの日向とのやり取りを思い出す。


 ええ、ありました。

 ありましたとも。

 だがしかし、とても言えません。


「別に何もありません」

 即席の笑顔を作り、菊子は偽りの台詞を吐く。

「本当に?」

 雨が鋭い目線を菊子に向ける。

「本当です。日向さんと私の関係は問題ありません。ですから、目黒さんはご心配なさらずに」

 本当の所は日向と菊子の関係は心配しかないが菊子は雨にそう言ってやった。

 それでも、怪しそうに菊子を見ている雨。

 菊子は心の中で、ちっ、と舌打ちをする。

 諦めるべからず。

 妙に鋭い所があるこの男を何とか誤魔化そうと菊子は試みる。

「日向さん、お兄さん思いの方なんですね。目黒さんに対する熱い思いが日向さんからひしひしと感じ取れました」

 菊子必殺話のすり替え。

 この台詞に、雨の目が優しく細まった。

「ああ、あいつは俺の事を慕ってくれているんだ。こんな出来の悪い兄貴の事をさ。……なぁ、菊子、俺と日向と、苗字が違うだろ。気にならなかったか?」

 雨が目黒で日向が木沙。

 二人の苗字は違う。

 その事を改めて菊子は思い出す。

「正直、気になってました」

「うん」

 雨は菊子から視線を外し、グラスにビールを注いだ。

 それを一口飲むと「美味しいね」と呟く。

 菊子はそんな雨を黙って見ていた。

 やがて、グラスの中のビールが無くなると、雨は菊子の顔を見て話し始めた。

「俺と日向は母親が違うんだ」

 呟く様にそう言った雨の台詞に菊子も呟く様に、「そうでしたか」と返す。

 雨はゆっくりと頷く。

「俺の親父がろくでなしでさ。酒に女は当たり前で、浮気はしょっちゅう。でも、仕事だけはちゃんとやる人で、だから母さんは文句は言わなかった」

 話しの途中で、雨はグラスにビールを注ぐ。

 しかし、ビールはもう空だった。

 惜しそうな顔をして、雨はビールの缶をテーブルに置く。

 缶がテーブルに当たる時、コツンと音を鳴らした。

 菊子の目が、缶に移る。

 その瞬間に雨がまた話し出す。

 菊子は視線を直ぐに雨へと移した。

「日向は、その浮気相手に出来た子供なんだ」

 雨の目は、菊子を見ている様でいて、どこか遠くを見ている様だった。

 きっと、雨は当時の感情を思い出しているのだ、と菊子は思う。

 そう思うと菊子の胸は何故だか痛かった。

「その時……日向が生まれた時、俺はまだ七つだった。親父は日向の家に入り浸る様になって。母さんも、流石に浮気相手に子供が出来たのは許せなかったみたいでさ。たまに親父が帰って来れば母さんと親父は喧嘩して。そんな光景を見てさ、子供ながらに、俺の家はどうしようもねーな、と思ったもんだよ。早く大人になって、こんな家出たいと思ったよ。喧嘩ばかりの両親も、さっさと離婚しろよと思ったもんだが、不思議とそれは無くてさ」

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