エプロンと私
1
結局、二人はピザを全部平らげてしまった。
後片付けをしている菊子に雨が「片付け、手伝えなくてすまないね」と眉を下げて言う。
「いえいえ。片付けも家政婦としての私の仕事ですから。目黒さんが手伝う事ありませんよ」
「そう言ってくれると雇った甲斐があるよ」
雨の目の前なので、出来るだけテキパキと働いて見せる菊子。
汚れた食器を纏め、載せられるだけ、ピザの箱の上に載せて、さて、キッチンへと運ぼうとする。
「菊子、ちょっとここで待ってて」
雨が菊子を呼び止めた。
「何ですか?」
怪訝な顔をする菊子に雨は「良いから待ってて」と言ってリビングダイニングを出て行ってしまった。
菊子が待つ事、ほんのちょっぴり。
戻って来た雨の膝の上には、何やら白い布が乗っかっている。
雨は、その布を菊子に差し出すと「着けてみて」と言う。
渡されたそれを菊子が広げて見ると、エプロンだった。
エプロンの裾の所には小さなフリルが付いている。
フリルは白いレースで蝶の模様があった。
こんな可愛いエプロンを私に付けろと?
菊子の目は点になった。
「いやいや、こんなの、似合わないに決まってるじゃない。エプロンなら私も持ってきましたから大丈夫ですよ」
「良いから着けてみな」
雨にそう言われて菊子は仕方なく渡されたエプロンを身に着けた。
エプロンは、サイズは菊子に、ぴったりであった。
「どうですか?」
訊かれて雨は菊子を眺めると「悪くないんじゃないかな」と答える。
しかし、雨のその顔は、どう見ても笑いを堪えている様に見える。
「ちょっと、目黒さん、何か笑ってませんか?」
鋭い目つきで雨を睨みつけて菊子が言う。
「わ、笑ってないよ、本当に」
雨が肩を震わせて言う。
「嘘。笑ってるでしょ!」
「いや、ははっ、ちょっと待って……くくっ」
雨は、もう完璧に笑っている。
そんな雨を見て、菊子は頬を思いっきり膨らませた。
「もう、信じられない。自分から着けろって言ったくせに笑うとかって最低。だから似合わないって言ったじゃ無いですか」
「違うって、くくっ……そうじゃ無くって。ごめん。本当に待って」
「もう知りません」
菊子がエプロンを外そうとすると、雨の手が、それを止めた。
雨は、何とか笑いを堪えると菊子の顔を見る。
その顔を菊子は冷たい表情で見下ろす。
「ごめん、菊子。笑ったのはね、似合ってなかったからじゃ無くって、菊子のエプロン姿何て想像した事無かったから、エプロンを着けている菊子を見たら何だか笑っちゃってさ」
「はぁ? 何それ。意味不明ですし、全く失礼じゃ無いですか。私だって、エプロンくらい着けますよ」
「ごめん。菊子、そのエプロン、本当に良く似合ってるよ。凄く可愛い」
「な、何を言ってるんですか。全く、冗談ばかり出て来るんですから目黒さんの口は」
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