3

「日向は、俺の身の回りの世話をしてくれているんだ。こんな体だから日向がいてくれてとても助かってる」

 雨がそう言うと、日向は照れくさそうな顔をした。


 さっきから、むすっとしちゃってたけど、可愛い所もあるじゃないの。


 そう思って、菊子は、にんまりとする。

「何、笑ってるんだ」

 日向が菊子を睨みながら言う。

「別に、何でもありません」

 内心、舌を出していたが、すました顔で菊子は答えた。

「日向、菊子に噛みつくなよ。この女はよく笑うんだ、気にするな」

 そう言う雨も、良く笑う。

 日向はまた、むすっとした顔をして、それから下を向いてしまった。

 そんな日向を見て、雨は、ふうっとため息を漏らす。

「これから三人で暮らすんだ。仲良くいこう」

 雨の台詞に日向は、ふくれっ面で頷き、菊子はすました顔で頷いた。

 雨はそんな二人を見て、またため息を漏らした。

 菊子は雨に座る様にと促され、心地の良いソファーの真ん中に座った。

 テーブルを挟んで菊子の対面に雨と日向が座っている。

 雨は車椅子のまま。

 日向は一人掛けのソファーに身を固くして座っている。

 ソファーの感触に酔いしれている菊子に向かって雨が咳払いする。

 菊子は「失礼」と両手を膝の上に揃えて乗せた。

 雨が改まった様子で話し出す。

「菊子、お前には、朝昼晩の料理と洗濯、掃除、買い出しなんかの家事全般をしてもらう。後、頼まれた事をやってくれたらいい。後の事は日向がしてくれてるから」

「了解です」

 菊子が答えた後に、あ、と雨の声が漏れた。

「そう言えば菊子、今更だが、お前、家事は出来るのか?」

 雨の台詞に菊子は口を、ぱくぱくさせる。

「な、何を失礼な! 出来なきゃ、引き受けません!」

 怒っている菊子に対して雨はにこやかだった。

 何をそんなに笑っているのか、と菊子は雨を睨みを効かせて見る。

 その睨みに雨は怯まない。

「はははっ、確かにそうだな。でも、家事をしてる菊子の姿が目に浮かばなくってさ」

「それは、目黒さんの目が節穴だからです。人並には出来るつもりですからご安心下さい」

「つもりじゃ、困るよ」

 呆れた顔の雨に、菊子は得意の極上の笑みを浮かべて、「それは、精進致します」と返した。

 やれやれ、と首を横に振る雨。

 日向は怪訝な目を菊子に向けていた。

 ふと、風が窓を強く叩く音がした。

 応接間の窓から見える庭の桜の木から落ちた花びらが、ひらりひらりと舞っている。

 僅かに開いた窓の隙間から強い風と共に桜の花びらが、ひとひら応接間の中に入って来て、それが三人の目の前でさらりと揺れた。

 花びらは、菊子の赤い唇に落ちる。

 雨と日向の視線が菊子の唇に向かう。

 菊子は白い指先で花びらを摘まむと、ふうっと息を吹きかけて花びらを飛ばした。

 それは再び宙を舞い、そして雨の膝の上に落ちた。

 雨は自分の膝の上に乗る桜の花びらに視線を移してから菊子を見る。

 菊子は雨と目を合わせて、さっきと違う微笑みを白い顔に浮かべる。

「精一杯努めます。よろしくお願いいたします」

 そう言って菊子深々と頭を下げた。

 雨は黙って、そっと頷いた。




 桜舞う日。

 菊子は雨の家政婦になった。





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