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天井まで届く大きな窓のある広々とした玄関のロビーの先には広くて長い廊下が真っすぐ続いている。
その廊下の先には、やはり天井まで届く大きな窓があり、そこからは緑色の葉を付けた木が植わっている小さな庭が見えた。
「大した家じゃないさ。それにしても菊子、荷物はそれだけか」
雨はスーツケース一つと大き目の肩掛け鞄を持っただけの菊子を不思議そうに眺めて言った。
雨に、じっと見られて菊子は、肩をすくめる。
「ええ、これだけ。何か悪いかしら?」
「別に悪くないさ。菊子らしいよ。さあ、上がれよ。お前の靴は、そこの靴箱に入れておいてくれ。それと、スーツケースはとりあえず、そこの脇に」
言われて菊子は、スーツケースを玄関の隅の観葉植物の横に置いてから、天井まで届くシューズボックスに目をやる。
どんだけ靴があるのよ、と菊子は心の中で毒づいた。
菊子はシューズボックスを開ける。
中には色とりどりの靴がみっちりと並べてあった。
どれも値段の張る良い靴である事は明白。
菊子は眉間に皺をよせながらシューズボックスの下段の隙間に自分のお安いスニーカーをねじ込んだ。
そして、段差のない玄関のたたきをまたいで「失礼します」と揃えられているスリッパに足を滑り込ます。
スリッパの柔らかい感触に菊子は少しばかり感動する。
スリッパに視線を下ろすとブランドのロゴが見えて驚愕の菊子だった。
菊子が玄関から家に上がると雨は車椅子をくるりと回して菊子に背を向ける。
「これから、応接間に案内するから。会わせたい奴がいるんだ」
そう言って、雨は車椅子を廊下の方へ動かした。
「ちょっと待って」
菊子が慌てて雨の後に続く。
会わせたい奴と聞いて菊子はピンと来ていた。
雨には、同居している弟がいるらしいのだ。
多分、会わせたいのはその弟だろう、と菊子は予測した。
応接間は廊下に入って直ぐの部屋だった。
応接間への扉は引き戸になっている。
それを、雨が開ける。
雨はするりと車椅子を応接間の中へ滑り込ませると、菊子に入って来るように言った。
「お、お邪魔します」
菊子が応接間に入ると男が一人、立ったまま腕を組んで白いソファーの横にいた。
菊子は彼の姿をじっくりと見た。
茶色い猫っ毛の髪。
目は鳶色。
背は高かった。
着ている服は、上は黒のパーカーに下はジーンズ。
彼の表情はムスッとしていた。
「菊子、紹介するよ。俺の弟の日向(ひなた)だ。日向は二十六歳だから菊子より二つ上だな。ほら、日向、今日から住み込みの家政婦として働いてもらう野宮菊子だ。挨拶しろ」
雨に言われて、日向は菊子に「木沙(きさ)日向です」と言って、むすっとした顔のまま小さくお辞儀をした。
「野宮菊子です。よろしくお願い致します」
菊子は深々と頭を下げてお辞儀をする。
雨と日向は苗字が違っている。
雨は目黒で、日向は木沙。
その事を菊子は疑問に思ったが、口には出さなかった。
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