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この台詞を聞いて、菊子の頭から、ぷつんっ、という音が鳴った。
「はぁ? 何よ、それ。いい加減にしなさいよ、このナルシスト! 上等じゃない! いいわよ! 私、絶対に目黒さんに恋愛感情なんか抱きませんから! 目黒さんの方こそ私に変な気起こさない様に気を付けて下さいね!」
「声が大きいぞ菊子。安心しろ、俺が菊子に変な気を起こす事なんかあり得ないよ。菊子は俺のタイプじゃないからな」
そう言いながら笑う雨を菊子は睨みつけ、シャンパンを一気に煽った。
瞬間、体がくらりとして、菊子は横に座る雨の肩にしがみ付く。
「何をやってるんだよ。ほら、そろそろ帰るぞ」
雨は優しく笑うと、しがみ付く菊子の手に自分の手を重ねて菊子の手をそっと離した。
「ううっ、分かったわよ。このナルシストぉ」
完璧に酔っぱらっている菊子に雨はため息を吐きかけるとマスターに目配せをした。
マスターが伝票を雨に渡すと雨は会計を現金で済ませる。
会計が終わると、マスターがカウンターから出て来て、店の入り口近くの脇に置いてある車椅子を押して雨の側までやって来た。
車椅子は雨の物だった。
雨は二十代の頃、交通事故に遭い、その時の怪我が原因で、車椅子で生活していた。
雨の足は最早、自分では簡単には動かせられない。
マスターに助けられながら、雨は車椅子に乗った。
「いつもすまないね、マスター」
雨に言われて、白髪の目立つマスターの目じりに皺が浮かぶ。
雨が座席の高いBARのカウンター席に座り降りするのはとても大変な事だったが、雨はカウンター席に座りたがった。
なので、このマスターがいつも雨を助けていた。
「いえ、目黒様にはいつもごひいきにしてもらっていますから。帰りは、お車でしたか?」
「ああ、迎えを呼んである。ついでに彼女も送って行くよ」
そう言って、雨は酔いつぶれている菊子を目を細めて見る。
「大事になさってますね、彼女の事」
マスターが微笑みを浮かべながら言うと、雨は、「そりゃ、大事さ。数少ない友達だからね」そう言って、柔らかく目を閉じて微笑んだ。
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