第40話 君を思う時
「うーんっ!いい天気だ」
スーツに身を包み、薫は大きな背伸びをする。見上げた大きな並木には桜が彩り、風に誘われてハラハラと静かに花びらを舞わせていた。
「薫くん、ほら、健悟来たよ」
健悟母に肩を叩かれ、振り返る。示された指先にはスーツ姿の健悟が笑顔で走ってくる。
その笑顔を見つめながら、ふと出会った頃を思い出す。
無表情で俺を見下ろし、淡々と言葉を投げかけていた君。
本当の恋がしたいとまっすぐな目で見つめた君。
俺の悲しみにそっと寄り添ってくれた君。
初めての同性との恋を迷う事なく決め、時にはその壁に戸惑い、それでも俺を諦めないでくれた君。
好きな人と両思いになるのは奇跡だとよく言われるけど、同性なら尚更だ。
それでも俺とその奇跡を手放さないと誓ってくれた君。
俺にたくさんの勇気と愛を教えてくれて、俺に家族を、居場所を作ってくれた君。
どれもが愛おしい・・・。胸が苦しくなるほど、好きで好きでたまらない。
毎日毎秒が幸せで満ち足りる。
「か、薫さん、どこか痛いんですか?」
慌てた様子でそばに寄る健悟が、薫の頭を撫で、薫の頬に触れると、自分が泣いている事に気づく。
「具合が悪いんですか?」
「あら、あらあら・・・そんなに感動したの?」
心配顔の健悟を他所に健悟母が笑みを浮かべる。薫はその言葉に笑みを返す。
「なんか・・・嬉しくて・・・」
「ふふっ、何か恋人というより親目線ね。見てよ、お父さんも目を潤ませちゃって・・・・」
揶揄うように視線を促す健悟母に誘われ、健悟父を見ると眉を顰めて涙を我慢する姿が見えた。
「父さん・・・」
父のそんな顔を初めて見たかの様に、健悟は驚いた表情を浮かべる。
「泣いてなんかおらん!ただ、これで子育ては終わりだなっと思ってだな」
慌てて言い返す健悟父に周りが微笑む。
「そうね、もうこれで子育ては終わりだわ。でもね、幾つになっても私達にとっては子供である事に変わりはないんだから、何かあった時はいつでも頼るのよ。もちろん、薫くんもね」
薫の肩に手を置き、微笑む。その言葉にまた薫は涙を流す。健悟はポケットからハンカチを取り出し、薫に持たせると優しく微笑む。
「薫さんは本当に泣き虫だ」
「だって・・・だって・・・うぅ・・・」
「さぁ、ご飯でも食べに行きましょう」
健悟母は明るく声をかけ、父の腕に手を回し歩き始めた。その後を薫達が微笑みながら歩く。健悟はそっと薫の手を取ると自分の腕に手を回す。一瞬びっくりした顔をした薫だったが、手を振り解かず歩き始めた。
「健悟くん・・・ありがとう」
「何がですか?」
「何もかも全部。一番は俺を見つけてくれた事かな」
「俺もそれは自慢したいです。でも、俺は勇気を出してくれた薫さんに感謝したい。俺を受け入れてくれてありがとう」
「・・・ふっ・・うっ・・・」
「また泣く・・・」
薫の涙を指で拭いながら、薫の耳元に口を寄せる。
「薫さん、愛してます。ずっとずっと愛してます」
「うぅー・・・お、俺も・・・うぐっ・・・」
「ちょっと健悟!いつまで薫くんを泣かせてるの!?」
薫の嗚咽に健悟母が振り返り、眉を顰める。健悟は苦笑いしながら薫の頭を撫でると、薫はずずっと大きく鼻を啜り、満面の笑みで健悟を見上げた。
「俺も愛してる。ずっとずっと愛してる」
薫の言葉に笑みを浮かべ、行きましょうと声をかける。薫は大きく頷いて、歩き始めた。
君を想う時 颯風 こゆき @koyuichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます