第36話 新しい挑戦

「うっ・・・腰が・・・」

翌朝、ベットから起きあがろうとした薫は腰の鈍い痛みに声が漏れる。横を見ればまだ寝息を立てて寝ている健悟の姿があった。

昨夜は久しぶりなせいか、最初は2人ともぎこちなかったが結局盛り上がってしまい、何度も体を重ねた。

すっきり顔の健悟を見つめながら、薫は苦笑いをする。

若いからなのか、元々の健悟の体力が凄いのか、最後らへんは記憶が飛んでいる。ゆっくりと体を起こしながら、ベットを出ようとすると手を掴まれ、体が後ろに倒れ込む。

「どこ行くんですか?今日、休みだって言ってましたよね?起きるの、早く無いですか?」

「あ、起こしちゃった?喉が渇いちゃって・・・」

「俺が取ってきます。薫さんは横になってて下さい」

「でも、シャワーも浴びたいし・・・」

そういいながら薫は自分の体に手を充てると、サラサラな感触に頭がハテナになる。

「健悟くん、もしかして・・・」

「一応、体拭きましたけど・・・いや、一緒にシャワー入りましょう」

そう言うと健悟は起き上がり、薫を抱える。風呂場へと向かう健悟に慌てて薫が言葉を発する。

「健悟くん、あの、1人で入れるよ?」

「昨日、無理させたから俺が洗ってあげます」

「え・・・?」

「嫌ですか?」

しょんぼり顔で薫を見つめる健悟に薫は戸惑いながら、ちらりと上目遣いに健悟の顔を見る。

「洗うだけだよね・・・?俺、腰痛いからもう、無理だけど・・・」

薫の言葉に健悟はにこりと微笑む。

「洗うだけだと思います。無理はさせません」

健悟の意味深な発言に薫はポカンと口を開く。そして、その発言通り、無理をさせないシャワータイムが始まった。


「林先生、聞いてますか?」

佐藤の声かけに薫はハッと我に帰る。濃厚な一日を過ごした余韻がまだ抜けずに、時折頭がぼーっとなる。佐藤は軽くため息を吐きながら、薫を見つめた。

「惚けるのもいいんですが、今は私の話を聞いてください」

「す、すみません・・・」

薫の申し訳なさそうな顔を見て、佐藤はまたため息を吐く。それから、作業机に置いた紙をトントンと叩きながら口を開く。

「もう一度説明しますね?来月の出版社主催の作家さん達との交流会、今年は参加されますよね?」

「あ・・・」

「先生ももう立派なプロの仲間入りなんです。これを機会に少し他の作家さんと交流を持ちましょう。心配ならずっととはいきませんが、私が側に付きます。なので、ぜひ、参加してください」

「・・・わかりました。あの、佐藤さん、お願いしてもいいですか?」

「はい。ただ、先ほど言ったように、私も挨拶とかあるのでずっとは無理です。それだけは了承して下さい」

念押しに言われ、薫は何度も頷く。今まで毎年誘われていたが、人付き合いが苦手な薫はまだ下っ端だからと言う理由で断り続けていた。

今年はずっと支えてくれた佐藤の顔を立てる為にも、これから成長して頑張らないといけない自分の為にも参加しないといけない。

他の作家との関わりは、きっと自分の成長にも繋がるはずだと自分に言い聞かせ、佐藤の話に耳を傾ける。

「場所はこのホテルで、時間はここに書いてます。当日は普通のスーツでいいので、着てきてください」

「うっ・・・スーツ・・・」

「持ってないんですか?」

「昔、就活で買った物はあるんですが、長い事着ていないので・・・」

「では、いい機会なので買ってはどうですか?これからこういった機会は増えるでしょうし、あれば健悟くんの卒業式にも着ていけますよ」

「あ・・・でも、健悟くんの家族が参加すると思うので、俺は・・・」

「そうですか・・・でも、1、2着あると便利ですよ。年齢的に誰かの結婚式に呼ばれる事もあるでしょうし・・・」

「そうですよね・・・」

結婚式・・・友達付き合いがほとんどない薫にとっては縁がないと思っていたが、考えてみればこれから付き合いが増えればあり得るかも知れない。

例えば、健悟の姉の結婚式とか、アシスタントの子達とか、そう言えば佐藤もまだ独身だ。今後呼ばれるかも知れないという楽しみが薫に意欲を持たせる。

早速、合間見て買いに行こう。健悟の休みの時に合わせて行こうか・・・久しぶりのデートになるかも・・・そんな楽しみに薫は顔のニヤケが止まらなかった。

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