第34話 届く想い

再会を果たしてから、薫は月2回は母の元へと通っていた。

仕事をしながら、泊まりとは言え、片道三時間の通いは大変ではあったが、少しでも母との時間を持ちたくて薫は通い続けた。

夏休みに予定通り引っ越してきた健悟も試験勉強で忙しい中、薫を支えてくれていたのも大きな力になった。

その年の秋が訪れた日、薫の到着を待っていたかのように、薫が病室に着いた二時間後に母は静かに息を引き取った。

親戚達と葬式の準備に追われ、喪主を務める事になった薫はゆっくり悲しむ暇もなかった。

人が行き交う中、ポツンと1人椅子に腰を下ろしていると、弔問客の中に健悟の姿を見つけ、薫の頬からポタポタと涙が溢れる。

健悟は薫に近寄りそっと抱きしめる。薫は健悟の服を握りしめポツリと呟く。

「俺、少しはいい息子になれたかな?」

「・・・さっき、お母様の顔を見てきました。とても穏やかで幸せそうでした。大丈夫、薫さんの想いはきっと届いてます」

健悟のその言葉に薫は嗚咽を漏らし泣く。健悟は優しく背中を摩り、最高の息子ですと呟いた。

「薫くん・・・」

健悟の後ろから名前を呼ばれ、顔を上げると健悟の両親と姉が立っていた。

「どうして・・・」

突然の来客に言葉を詰まらせる。健悟は体を離し、一緒に来たと伝えた。

「実はね、薫くんのお母様から手紙を頂いていたの」

「母が、ですか・・・?」

「えぇ。その手紙にね、薫くんの今までの事情やお母様との事が書かれててね。その中にお母様の先が長くないと書かれていたの。お母様、とても後悔されててね、自分の事を酷い母親だったとおっしゃってたわ。それから、こんな事を頼めた義理では無いけど、自分が亡くなった後、薫くんをお願いしますと書かれたの。

自分の分まで薫くんを愛して欲しいってね」

「そ・・・うですか・・・」

健悟母の言葉に薫は俯き涙を流す。健吾母は薫の前にしゃがみ込み、薫の手を取るとニコリと微笑む。

「お母様、薫くんの事を褒めていたわ。小さい頃から優しくて明るい子だったと・・・その明るさを自分が奪ってしまったけど、それでもこんな母親を許してくれて、大変なのに自分の元に通ってくれる本当に優しい自慢の息子ですって・・・」

「うっ・・ううっ・・」

薫は堪えきれず、声を漏らす。恵も薫の側により、薫の肩に手を置く。

「私達はもう家族よ。両親も私も義人達も薫くんを想っているわ。もちろん、健悟も。それだけは忘れないで」

恵の言葉に何度も頷きながら、薫は声を漏らし泣き続けた。それから健悟の家族は母に線香をあげ帰って行ったが、健悟は残り、最後まで薫により添っていた。

葬式も全て終わり、帰りの身支度をしていると叔母が薫の元を訪れ、申し訳なかったと謝罪をし、薫に持って行って欲しいと一冊のアルバムを渡した。

疲労した母をあの家から連れ出す時に、母が大事そうにこれだけを持っていたと話してくれた。

そこには薫の幼少の写真が数枚と、母と笑い合う写真が一枚だけ挟まれていた。思い返せば、いつの間にか写真に父の姿はなく、いつも薫1人で写っている事が多かった。それは父ではなく、母が薫を撮っていてくれていたという事で、そのせいか母と2人で映る機会があまりなかった。

その写真を見つめながら薫は涙を流す。

「お母さんは、この頃から1人で頑張ってたんだ・・・どうして気付かなかったのかな・・・もっと2人での写真を撮ってあげれば良かった」

昔の面影は薄れていても母の姿を、2人で笑っていた数ヶ月を残してあげれば良かった・・・そんな後悔の波が押し寄せる。

健悟は薫の肩を抱き寄せると優しく囁く。

「薫さんの心にはしっかり残ってる。だから、それをずっと大事にすればいいんです」

「うん・・・そうだね。健悟くん、帰ろうか・・・俺たちの家に・・・」

薫の言葉に健悟は頷き、薫の手を取り歩き始めた。

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