第33話 寄り添う
締切前で寝不足だったのと、心労と泣き疲れた薫はそのまま寝てしまい、気が付いたら朝になっていた。
健悟は薫をベットに運んだ後、色々と手配をしてくれたようで、お昼の新幹線の便を予約し、荷物を詰め、すぐにでも出発できる状態になっていた。
「ごめんね、健悟くん」
泣いたまま寝てしまった薫は、腫れぼったい瞼を冷やしながら健悟に謝る。
「実習も忙しいのに・・・本当なら昨日は新居のお披露目で、そのまま2人でゆっくり週末を過ごすはずだったのに・・・」
「いいんです。それより、一泊しか出来ない上に、帰りは別々になってしまうのが申し訳なくて・・・」
薫の頭を優しく撫でながら健悟は心配そうに呟く。
四月に入ってから、健悟は母校での教育実習が始まったので、実家に帰省していた。
週末に来れる時は来ていたが、学校から帰ってもやる事が多いようで、毎日連絡を取ってはいたが、ゆっくり帰ってくる事ができないでいた。
昨日は、前から約束していたので健悟も色々と都合をつけ、金曜から泊まりに来ることになっていた。健悟の落ち込んだ顔を見ながら、薫は大丈夫だと返事を返す。
「仕方ないよ。あと二週間で終わるんだっけ?」
「はい。もうすぐです」
心配そうな表情から一変、健悟は笑顔になる。そんな健悟を見て薫も自然と笑みが溢れる。
「戻ってきてからが大変だね。引っ越しはゆっくりでいいからね」
「いやです。予定通り、六月の面接試験と、七月の一次筆記が終わったらすぐに引っ越します」
「でも、八月には二次試験で、九月は実技試験でしょ?俺は受かって欲しいから、無理して欲しくないな」
「大丈夫です。その為に今まで勉強してきたし、薫さんのそばにいたら、もっと頑張れます」
真っ直ぐに薫を見つめ答える健悟に、薫はハニカミながら頷く。
「力になれるかはわからないけど、一緒に住み始めたら、俺もサポート頑張る」
「お願いしますね」
ふふッと笑い、健悟は薫のおでこにキスをする。
「だいぶ腫れが引いてきたから、そろそろ家を出ましょう」
「うん。行こうか・・・」
健悟は旅行鞄を肩にかけ、薫へ手を差し伸べる。薫はその手を掴み、ぎゅっと握る。そして、2人で部屋を出た。
手紙に書かれた病院は都心より離れた場所にあり、木々や花に囲まれた大きな癌医療センターだった。
緊張な面持ちで病棟階へ上がって行く。そして、ある一室の病室の前にある名札に、母の名前を見つけ、薫は息を飲む。
薫の強張った体を抱き寄せ、健悟はそばにいますと囁く。その心地良い声に、薫は安堵し、大きく深呼吸して引きドアに手をかけ、開ける。
病室は少し広めの個室になっていて、窓のそばのベットに横たわる母を見つけ、薫は静かに近寄る。眠っているのか、目を閉じている母の顔は昔の面影をかろうじて残してはいるものの、すっかり痩せこけていた。いつも家の中でも化粧をして綺麗だった母の姿はどこにもいない。そんな弱々しい母の姿を目の当たりにして、薫は目頭が熱くなり、涙が溢れる。
「お母さん・・・」
小さく呟く薫の声に、閉じていた目がゆっくりと開く。その目は次第に大きく開かれ、涙が溢れ出す。
「薫・・・薫なの?」
その声に薫は何度も頷き、差し出された細い手を握る。
「お母さん・・・ごめんなさい。ずっと連絡しなくて、ごめんなさい」
「いいのよ・・・私こそ、ごめんね。あの頃は自分の事だけで精一杯で、薫をあんな風に避けるんじゃなかった・・・本当にごめんなさい」
「俺が・・俺が悪いんだ。俺も自分の事でいっぱいいっぱいで、あんな一方的に話すんじゃなくて、お母さんとちゃんと話するべきだったんだ」
「違うの・・・薫が学校で嫌な思いしているのはわかってたのに、お母さん、薫と向き合ってあげれなかった・・・薫は何も変わってないのに、昔のまんまの大切な私の息子に変わり無かったのに、父親のせいでとか私のせいでとか言い訳並べて、勝手に変わってしまったと思い込んで薫に向き合えなかったの」
伝う涙も拭わずに、一生懸命言葉を繋ぐ。
「薫が出ていって、捨てられたと思い込んでた。それと同時に少しホッとした自分もいたの。それが嫌でたまらなかった。だから、余計に薫に連絡できなくなってしまって・・・それからお父さんの事もあって、お母さん、何か糸がプツリと切れてしまったの・・・薫、こんな弱いお母さんでごめんね。本当にごめんね」
「お母さん・・・お母さんは弱くない・・・俺、全然気付いてあげられなくて・・・俺こそ、ごめんね。お母さん・・・もっと生きて・・・生きてて欲しい。俺にやり直すチャンスをちょうだい」
「・・・そうね。お母さん、頑張るから、お母さんにもチャンスをちょうだい」
母の言葉に何度も頷きながら、片手で母の涙を拭う。母も手を伸ばし、薫の涙を拭う。そして、互いに微笑みあった。
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