第32話 会いたい
どのくらいの時間が経ったのか、薫は暗くなった部屋のベットに腰を下ろしたまま、握り締めた手紙を見つめていた。
すると玄関の方からチャイムが鳴る。2、3度なった後、今度は携帯が鳴り始める。
薫はゆっくりと立ち上がり、携帯の鳴る方へと向かう。
「薫さん?今、どこにいますか?」
電話から聞こえる健悟の声に、暗い部屋の中にある時計を見ると19時を回っていた。
「薫さん?」
「・・・健悟くん、ごめんね。約束の時間過ぎてたね。今、作業部屋にいる。健悟くんは?」
「俺も作業部屋の前にいます。新居に行ったんですが、返事もなく、部屋が暗かったのでここに来ました」
「そっか・・・今、出るから待ってて」
そう言いながら部屋の電気をつけて、バックに手を伸ばし、手に握りしめられたままの手紙を見て、また動きが止まる。
「・・・薫さん?何かあったんですか?」
健悟の心配そうな声に我に帰り、大丈夫だと伝え電話を切ると、そのまま携帯をズボンのポケットに突っ込み、空いた手でバックを取り、部屋の電気を消して玄関へ向かう。
ドアを開けると、薫を見た健悟が手を伸ばし薫を抱きしめる。
「健悟くん?」
不思議そうに問いかける薫の声に、健悟は体を離し、薫の顔を見下ろす。
「何があったんですか?声も変だったし、その表情・・・」
健悟の言葉に苦笑いをしながら、握りしめた手を見せる。
「俺にも何がなんだか・・・待ち望んだ人からじゃなくて、別の人からコレが届いたんだけど、怖くて開けれないんだ・・・」
震える声でそう答えると、健悟は片手で優しく薫の手を包み、もう片手で薫の頭を自分の胸に引き寄せる。
「とりあえず、新居に行きましょう。それから、一緒に開けて手紙を読みましょう。俺が側にいます」
健悟の言葉に小さく頷いて、肩を抱かれながら新居へと向かった。
健悟に肩を抱かれながら、ソファーに腰を下ろし、ゆっくりと封を開ける。
そこには、綺麗な文字で言葉が綴られていた。
あの時、電話で言えなかったが、母は一年前に癌が見つかり余命宣告を受けている事、辛い闘病生活をしている母に、今まで薫からの手紙を渡せないままでいた事、一時帰宅でその手紙が母に見つかり言い争いになって、そのまま母が倒れて病院に運ばれた事が書かれていた。
電話で酷い事を言ったことや、手紙を渡せなかった事を何度も謝罪する文面が綴られ、母が言い争いになった時に薫に会いたいと言っていたと告げる。
そして、意識が戻った時に、もう文字を書く気力がない母が薫に手紙を書いてくれと頼まれた事も、母には、もうさほど時間が残っていない事も書かれていた。
読み終える頃には薫の目からは止めどなく涙が溢れ出ていた。
健悟は力強く薫を抱きしめ、健悟の腕の中に包まれた薫は嗚咽を漏らし、咽び泣く。
「俺・・・俺、会いたい。お母さんが許してくれるなら、会いたい・・」
「お母さんは薫さんの事、嫌ってません。きっと、お母さんも薫さんと同じで怖かったのかもしれません。薫さんに会いたいから、こうして手紙が届いたんです」
「うん・・・うん・・・俺、会いたい。ううん、会いに行く・・・」
そういいながら、健悟の顔を見上げる。
「健悟くん、一緒に行って欲しい・・・俺のそばにいて欲しい・・・」
涙でぐしゃぐしゃな顔をしながら見つめる薫に、健悟は微笑みながら両手で涙を拭う。
「もちろんです。俺がずっとそばにいます」
健悟の力強い返事に薫は更に涙を浮かべ、ありがとうと呟いた。
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