第29話 届け

家に戻ってから、安堵からか薫は少し熱を出した。

頭がぼーっとする中でも、寄り添ってくれる健悟の温もりだけが強く感じられ、その温もりに支えられたおかげか、丸一日寝込んだら熱も下がり、不思議と気持ちも頭もスッキリしていた。

大学もバイトも休ませてしまった事を申し訳なく思った薫は、その翌朝、健悟より早起きし、慣れない手付きで朝食を作る。

ずっと健悟に甘えて料理をしてこなかった薫の料理スキルは、当然の結果の様に皿に並べられた。

「ごめん・・・」

皿の上には黄身がこぼれた目玉焼きと、焦げて小さくなったベーコンが並べられていた。味噌汁の中の豆腐は形が崩れ、何故か大量に浮くワカメ。それを見た健悟はふっと笑みを溢す。

「半熟の目玉焼きって思ったより、難しいんだね。こっちは硬くなってるし、こっちは卵を割った時に殻が入っちゃって、取ってるうちに黄身が崩れちゃった。あと、ワカメってなんであんなに増えるの?」

眉を顰め、申し訳なさそうに呟く薫の頭を撫でながら、よくできましたと健悟は褒める。

「今度は一緒に作りましょう。俺が教えます。でも、作ってくれたのは嬉しいですけど、俺は俺が作ったご飯を美味しいと食べてくれる薫さんを見る方が嬉しいです」

「そうやって甘やかすから、俺が成長しないんだよ?俺も健悟くんに甘えてもらえる人になりたい」

口を尖らせ拗ねる薫に、健悟はリップ音の付いたキスをする。

「俺はいつでも薫さんに甘えてます。ほら、暖かい内に食べましょう」

そう言って、箸を手に取ると嫌な顔1つせず、健悟は全てを平らげてしまった。

朝食を終えてから大学へ行く健悟を見送り、食器を手早く洗い終えると、財布と携帯をポケットに押し込み、ヨシっと気合を入れ外へ出る。

行き先は文房具店だ。

決意が鈍らない内にお母さんに手紙を書こうと決めていたからだ。

文具店に入ると便箋コーナーで、どれがいいのか物色し始める。ふと並べられた便箋の端にある真っ白な便箋に目が止まる。そこには、白い小さな花と小粒の苺が描かれていた。

(そう言えば、お母さん、苺が好きで家の庭先によく苺を植えていたな・・・)

幼い頃、一緒に苗を植え、水やりをしていた記憶が思い出される。

ふと便箋の帯に目をやれば、苺の花言葉に息が止まる。

苺の花言葉、それは「幸せな家族」

ツルにぶら下がるたくさんの苺が、まるで仲良しの家族の様に映り、その花言葉が付いたと説明書きが添えられていた。

ただ、母の好物で毎年植えられていたと思っていた苺は、本当は母の家族への想いそのものだったのかも知れないという思いが薫の胸を締め付ける。

薫はその便箋を手に取り、何故か早る気持ちで家路につくと、便箋を広げペンをとる。

逃げるように家を出た事、ずっと連絡できなかった事、母の気持ちに気付かず、自分の気持ちだけをぶちまけてしまった事を謝り、連絡しなかった間の薫の生活、仕事の事などを文字で書き記す。

そして心から愛する人がいて、その人も愛してくれて幸せに暮らしていると言葉を足す。

最後にはお母さんに会いたいですと願いを託して文字にする。

書き終えた便箋は五枚にもなったが、薫の想いを素直に全て書き上げた。丁寧に折り封筒に包むと、ゆっくりと封を閉じた。


夕方、今日はバイトがない健悟と夕食を一緒に作ると約束していたので、駅まで迎えに行く。

それから2人でスーパーへ向かう途中にあるポストに手紙を投函した。

今度は届くようにと願いながら、ポストを撫でる薫に健悟はきっと大丈夫だと優しく頭を撫でた。

薫はそうだねと笑顔で答え、そっと健悟の手を取り歩き始めた。

一瞬、びっくりした表情を見せた健悟だったが、何も言わず薫の手をぎゅっと握り返す。

これが俺達の普通・・・もう怖くない。

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