第28話 向き合う覚悟

湯船の中で、健悟が薫を後ろから抱きしめながら、濡れた髪に顔を埋める。

薫は背中に感じる健悟の温もりを確かめる様に、ぴたりと体を委ねる。

ホテルに着いてから、一緒にお風呂で暖まろうと健悟に誘われ、小さく頷いた薫は手を引かれながら風呂場に行き、優しい手つきで丁寧に服を脱がしていく健悟に身を預けた。

「体・・・少しは温まりましたか?」

「うん。ありがとう」

薫が多くを語らなくても、健悟は何かを察しているかのように優しく労わる。

沈黙のまましばらく健悟に身を委ねていた薫は、重い口を開く。

「俺、捨てられたみたいだ・・・」

「・・・・」

「俺が見てきた家族は何だったんだろう。格別仲が良かった訳じゃないけど、それでも家族仲はいいと思ってた。でも、実際は違った。俺を言い訳に上辺だけの家族だったんだ。言い訳だった俺がカミングアウトしたせいで、たださえ薄い氷の上にいた家族を、冷たい水底に落としてしまった。だから、お父さんは家族を捨てて、お母さんは壊れて、俺に黙って家を引き払った」

伸ばしていた足を胸元まで引き寄せ、膝を抱える。それでも、健悟は薫の腰に絡めた腕を離さず、黙ったまま耳を傾ける。

「お父さんは家族を捨てたから謝りたいとか思わないけど、多分、ずっと寂しかったお母さんは俺が大人になるまで寄り添って、俺が普通の家庭を持って、孫が出来て・・・きっとそれが唯一の楽しみで支えだったんだ。それを俺が壊した。お母さんの心も一緒に。健悟くん、俺、お母さんに謝りたい。でも、お母さんは俺に会いたく無いかもしれない。それに、俺は普通にはなれない」

「薫さんは普通の人間です。好きになる人が同性ってだけで、他の人と何ら違いはないです。でも、そんなに普通に拘らなくていいんです。だって、普通の正解なんて誰にも分からないじゃないですか。いろんな人がいる様に、それぞれその人にとっての普通は違うんです。薫さんにとっての普通は何ですか?俺にとっての普通は、こうして大好きな薫さんと一緒にいれる世界です」

健悟はそういいながら、埋めていた顔を離し、髪に、頸に、頬にキスをする。薫は健悟から伝わってくる愛情に、また涙を流し、俺もこれが普通だと答えた。


風呂から上がり、健悟が髪を乾かしてくれる。

そしてベットに横たわると健悟は薫の髪を撫でながら声をかける。

「薫さん、手紙を書いてみましょう。薫さんのお母さんは、薫さんの全てを拒否したかった訳じゃないと思います。ただ、少しだけ心が弱くて、全てを一度に受け止めきれなかっただけだと思います。だから、薫さんが向き合いたいと思っているなら、まずは手紙で気持ちを伝えましょう。きっと今度は届くはずです」

「・・・・うん。俺、書いてみる」

健悟を見上げながら薫は答えた。そしてゆっくりと健悟にキスをする。

「健悟くん、今日はもっと健悟くんの温もりが欲しい」

真っ直ぐに健悟を見つめると、健悟は応えるように薫を抱き寄せ、口を寄せる。深く、優しく、そしてほんの少し激しく薫の舌を絡めとる。

薫はその心地よさに身を任せた。

不思議だ・・・さっきまでは、暗闇に1人捨てられたと思っていたのに、健悟くんの温もりが、俺を引き上げてくれる。

まるで、この温もりが俺の事が大切だと、愛おしいと言ってるみたいだ・・・。

いつも多くは語らないけど、健悟くんがくれる温もりが俺の何もかもを包み込んで癒してくれる。

この温もりにずっと触れていたい・・・。

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