第26話 決意と現実

「終わった・・・」

生気を失ったかの様な顔で、目をシパシパさせる。

「お疲れ様です。ちょうどココア淹れたので、こっちで休みませんか?」

後ろから健悟が声をかける。その声にゆっくり椅子を回転させ、頷く。

時計を見ると0時を過ぎていた。それなのに起きて待っててくれたのかと薫は嬉しくて笑みが溢れる。それに、これから寝るであろう薫の為に暖かいココアを入れてくれるなんて、俺の彼氏、最高!と心の中で歓喜していた。

あれから帰ってきた健悟と話し合って、原稿を翌月分まで仕上げて薫は実家に行くと決めた。

間が空けば空くほど行けない気がして薫は早急に事を進めた。健悟も一緒に行くと言ってくれたが、先に薫が向き合ってから、それから会うかどうかを決めたいと断った。

もしかしたら、まだ期待している両親が健悟を連れて行く事で、更に嫌悪になるかも知れないと杞憂したからだ。健悟の家族が素敵だった分、もし薫の両親が酷い態度を取ってしまったら薫自身より、健悟を傷付けるかも知れない。それが何より心配だった。

「薫さん、実家には明日、行くんですよね?ご両親には連絡付きましたか?」

ソファーに座りながらココアを啜る薫に、健悟が声をかける。

「それが、まだなんだよね。引越しの連絡をした時に、新しい携帯番号書いたんだけどなぁ・・・。しょうがない、いきなりだけど突撃してくる」

力無い拳でガッツポーズを見せる薫を、少し心配そうな顔で健悟は見つめる。

「佐藤さんには連絡しておくから、原稿の引き渡し、お願いします」

そう言って健悟に頭を下げる。健悟ははいと答え、薫の頬を撫でる。その大きな手に薫は目を閉じ、頬を擦り合わせる。

「明日の午後には行ってくる。一時間で着く距離だから、着いたら連絡する。明日は健悟くん、大学とバイトの日だよね?なるべく小まめに連絡するけど、あまり心配しすぎないでね」

「わかりました・・・。薫さん、今日はもう寝ましょう。ぐっすり寝て、顔のクマを取って会いに行かないと・・・」

そう言いながら、薫の目の下に手を当てくっきりついたクマを指でなぞる。薫は頷きながらもシャワーだけ入りたいと席を立つ。

健悟は服を出して置くからと薫をそのまま風呂場へ向かわせ、寝室へ向かった。

薫は手早くシャワーを済ますと、用意された服を着て、髪にドライヤーをあてる。その音に釣られて健悟が現れ、ドライヤーを取ると優しい手つきで薫の髪に風をあて始めた。

仕上げにブラシで薫の髪を解き、2人で歯磨きを終えると、ヒョイっと薫を抱き上げるとそのまま寝室に寝かせる。

健悟は薫を抱きしめながら、耳元で囁いた。

「俺がいます。安心して行ってきてくださいね」

「うん。ありがとう」

そう呟くと薫はそのまま健悟の腕の中で眠りについた。



ピンポーン・・・

震える手でインターホンを鳴らす。薫の顔は強張ったままだ。家路に着くまで色々言いたい事とか考えてきたのに、実際、自宅を前にすると頭が真っ白になる。

でも、まず先に謝らなくてはと意を固めて、再度、インターホンを鳴らす。

だが、家の中からは物音はせず、携帯から連絡をするもやはり繋がらない。

ふっと郵便受けを見るとチラシが沢山挟まっていた。蓋を開けると雪崩の様に中の物が零れ落ちる。

その中には古い手紙らしき物が何通かあり、その中に身覚えがある封筒が目に付き、薫の鼓動は速くなる。

ゆっくりと手に取ると、それは薫が4年前に出した手紙だった。

「薫くん・・・?」

急に名前を呼ばれ振り向くと、隣の家の奥さんだと気づく。

「やっぱり、薫くんね。久しぶりね、元気にしてた?」

「あ、あの・・・」

戸惑った表情に奥さんは不思議な顔をする。

「お母さんは元気?」

「あ、あの・・・色々あってずっと帰ってきてなくて、それで・・・あの・・・」

言葉を詰まらせる薫にハッとした表情で、奥さんは呟く。

「薫くん、知らなかったの?林さん、引っ越ししたのよ」

「えっ・・・?」

「もう、5年前になるかしら・・・もしかして、ご両親が離婚なさったのも知らない?」

その言葉に薫の顔は青ざめる。

「えっ?なん・・・」

「・・・知らなかったのね。もうだいぶ前からうまくいってなかったみたいでね、お母さんがよく愚痴をこぼしていたのよ。結局、理由ははっきり言わなかったんだけどね。お母さん、色々思い詰めてたみたいで、離婚してからすぐに引っ越ししたのよ。きっと精神的に参ってたみたいだから、薫くんに連絡しそびれたか、いいづらかったかもね」

奥さんが発する言葉が理解できないでいた。離婚?引越し?連絡できなかった?薫の頭の中で疑問が次々と溢れてくる。

「あ、あの、引っ越し先とか・・・」

「ごめんなさい。私も知らないのよ。親戚とかに聞けば分かるんじゃないかしら?もし、会えたら心配してるって伝えてくれる?」

そう言うと、薫の肩を優しく撫でて自宅へ入って行った。1人取り残された薫は、自分が出した手紙を握りしめ、立ち尽くす事しか出来ずにいた。


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