第24話 踏み出す勇気
翌日の朝、まだ微熱だが仕事を空けるわけにはいかないと、薫は帰宅する事を伝える。
最初は反対していた健悟だったが、薫の描く物語を待ってる人がいるとの言葉に渋々頷く。仕事に対しての薫の姿勢も好きだったし、何より健悟も薫の作品の1ファンとして応援していたからだ。
「俺が言うのも何ですが、仕事の邪魔にならない程度でいいので、なるべく連絡下さい。薫さんはほっとくと無茶するから心配なんです」
「うん。わかった」
服を着替えながら健悟の方へ振り向き、にこりと笑う。その笑顔を見て健悟は薫の側に寄り、愛おしそうに薫の髪を撫でる。
「明日、式が終わったらその足で帰ります」
「うん。でも、ゆっくりできるなら、まだ実家に残ってもいいんだよ?もう少し家族といてあげて」
「俺が寂しくなると思うんで帰ります」
頑なに首を振る健悟に笑いながら、わかったと告げる。
身支度が終わると緊張の面持ちで1階へと降り、居間へと薫は向かう。そこには健悟の家族が顔を揃えていた。
ぎこちない動きで、健悟の隣へ腰を下ろすと、薫はすぐさま頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。俺は林 薫と言います。お話を聞いているかと思いますが、健悟君とお付き合いさせて頂いてます」
多少声は震えるものの、しっかりと、そしてはっきりと健悟の家族へ伝える。健悟の家族は、急に頭を下げた薫に一瞬びっくりした表情をしたが、頭を上げた薫を見て優しく微笑む。
健悟から順に家族を紹介され、その度に薫は頭を下げて挨拶をする。
「薫くん、とお呼びしていいかしら?」
挨拶が終わると健悟母が薫に声をかける。
「はい!名前はお好きなように呼んで下さい」
慌てて返事する薫を見て、健悟母はまた微笑む。その笑顔を見て、健悟に面影が重なって本当に健悟の母親だなと実感する。
「ごめんなさいね。健悟が連絡しなかったから不安にさせてしまって・・・変に真面目と言うか、頑固なところがあってね。全く父親に似て、融通が効かないと言うか・・・」
「いえっ!そんな事ないです。健悟くんは年下に見えないくらいしっかりしてて、いつも俺を支えてくれます。だから、少し甘えてしまってたところがあったんだと思います。連絡がないだけで心配して、急に会いにきて、結局ご家族にご迷惑をかけました」
「迷惑だとは思ってないわ。こんな無愛想な息子を大事に想ってくれて、心配してくれるのは逆にありがたい事だわ。健悟から・・・話を聞いた時は驚いたけど、あまり感情を面に出さないこの子が、あんな風に話すって事はそれだけ真剣なんだと思ってね」
優しく穏やかに話す言葉がとても心地良かった。それと同時に少しの罪悪感と不安が胸の中に渦巻く。胸が高鳴って鳴り止まない。それでも、薫はきちんと思いを伝えようと、健悟母をまっすぐに見つめる。
「すみません。大事な息子さんを・・・。でも、俺は健悟くんが想ってくれる以上に、健悟くんを想ってて、大事にしたいと思ってます。だから、すぐに認めてくださいとはいいません。理解するのも難しいと思います。それでも諦めずに健悟くんとご家族に寄り添いたいと思ってます。俺は健悟くんに出会って、孤独から救ってもらいました。人を想う気持ちも、幸せだという気持ちも教えてもらいました。まだ臆病なところはありますが、健悟くんを守りたい、幸せにしたいと本気で思ってます。それだけは知ってて欲しいです」
「薫さん・・・」
健悟は真剣に思いを伝える薫に、歓喜のため息にも似た声で名前を呼ぶ。
「君のご家族は?」
ずっと無表情で黙っていた健悟父が口を開く。その言葉に薫の胸はドキンと強く跳ねるが、今度は健悟父に真っ直ぐと視線を向ける。
「父と母がいます。ですが、俺の恋愛志向を受け止めてもらえずに今は疎遠となっています。学生時代に色々あって、思わぬ形で家族にカミングアウトしてしまったんですが、未だに後悔しています。1人息子なので、自分の意思だった訳ではなかったのですが、もっと慎重になるべきだったと・・・」
視線を逸らさず話を続けるが、自然と膝に置いた手がぎゅっと拳を作る。それに気づいた健悟がそっと手を添えると、その温もりが嬉しくて健悟の手を握る。
「健悟くんには必ずしもカミングがいい事ではないと伝えていました。もちろんご家族や友達に隠したり、嘘をつかせる事になるので黙っている事は自分自身、辛い選択にはなりますが、カミングアウトは自分の心を軽くする反面、ご家族にも友達にとっても悩ませる事だからです。この関係はそれだけ平坦ではなく覚悟がいる関係です。それでも、俺の手を取ってくれた健悟くんを信じたいと思ってます。結婚する事もましては子供を作る事もできませんが、それでも俺は健悟くんと一緒に生きていきたいです」
真っ直ぐに前を見つめ、しっかりと薫は心の内を話す。不思議と言葉にしたことで、胸の中にあった不安が消えていく気がした。
そして、隣を見ると優しく微笑んで手を握ってくれる健悟がいる。それが薫にとってとても心強かった。この手を離したくない、そんな気持ちが薫の中に溢れていた。
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