第23話 離さないで
「ねぇ、健悟。薫さんはどうしてきたの?呼んだの?」
翌朝、薫にお粥を食べさせ、下に降りてきた健悟はキッチンに皿を置くと、居間から声をかける恵に応える。
「呼んでいない。俺に会いに来ただけだ」
そう言いながら、居間に座り、用意されたご飯をかきこむ。
「会いにきた人を外で待たせてたのか?」
厚焼き卵を箸で掴みながら義人が問う。健悟はかきこんだご飯を飲み込み、ボソッと漏らす。
「電源切ってたから、気付くのが遅くなった。俺がずっと連絡しなかったから、心配して会いにきたんだ」
「なんでまた、そんな事を・・・」
掴んだ卵を口に入れながら、義人はぼやく。
「薫さんにむやみにカミングアウトするなと言われたのに、言ってしまったから・・・それに、家の雰囲気を悪くさせたのは俺なのに、呑気に薫さんと話せないと思って・・・」
そう呟く健悟に変わるがわる皆がバカだなと口にする。すると、今まで食事の時しか顔を合わせなかった父が口を開く。
「治ったらここへ呼びなさい」
そう言って箸を置くと、父は部屋に戻って行った。その背中を見ながらわかったと呟く。
その日の夕方、薫は起き上がるまで回復していた。まだ、熱はあるが話がしたいと健悟を隣に座らせる。
しばらく沈黙が続いた後、健悟が口を開く。
「すみません。俺、家族に話しちゃいました」
「え・・・?」
「話すつもりはなかったんです。薫さんからも言われたし、いずれは話すつもりではいたけど、話の流れでそうなってしまって・・・」
俯きながら話す健悟に、薫はどう答えていいかわからなかった。
「それで、少し家族の間がギクシャクしてしまって、なんか、勝手に罪悪感が出て落ち込んでしまって、薫さんにも申し訳なくて連絡が取れずにいたんです。それに、この事を話したら、薫さん、きっと俺の為に俺の側から離れていってしまうような気がして・・・」
「・・・そうだね。きっと前の俺だったら、そうしたかもしれない。でも、今の俺はそう簡単に健悟くんを諦めきれないよ」
少し涙声で呟く薫の声に健悟が顔を上げる。薫は健悟の顔を見つめ、言葉を紡ぐ。
「一緒に悩みたかった。相談して欲しかった。健悟くんがそうやって黙ってる事が俺を苦しめるってわからない?健悟くんが悲しんでるのに、俺の為にずっと口をつぐんで我慢してる事の方がよっぽど耐えれない。そうさせてる自分が嫌になる・・・」
「薫さん・・・」
「健悟くんが俺を守ってくれてるように、俺も健悟くんを守ってあげたいんだ。俺は健悟くんよりずっと年上で、悲しい事が多いけど、いろんな経験もしてきた。だからこそ、健悟くんの悲しみに寄り添えると思ってる。俺は臆病だけど、健悟くんを守る勇気くらいは持ってる。それくらい、大事に想ってるのに・・・」
いつの間にか薫の頬を涙が伝う。健悟は慌てて薫の手を握り、片手で涙を拭う。
「薫さん、すみません。俺、誠に・・・新幹線で会ったあの友達にもバレて、誠はすんなり受け入れてくれたけど、他の人には話すなと言われて、俺の将来にも関わってくるし、人に安易に紹介できない、平坦な恋じゃないと言われて、俺もわかってはいたけど、それがすごく理不尽に思えて胸がずっと苦しかったんです。その気持ちのまま、家族と話してる時に、普通の結婚とかの話が出て我慢できなくて・・・俺、自分が不甲斐なくて・・・薫さんを守る強い男になるって決めてたのに、自分が周りの言葉に勝手に傷ついて、腹を立てて、挙句に薫さんや家族の気持ちも考えずにぶちまけて、情けなくて連絡ができなかった・・・」
薫を見つめる健悟の顔は未だに苦しさを秘めていて、薫も顔を歪める。
「きっと、こんな事が俺達には何度も訪れる。それでも健悟くんは俺を選んでくれるの?少しでもまだ迷いがあるなら、少し離れよう。それから、また話し合って決めればいい。これは決して悪い方向への提案じゃない。そうする事で良くなる事もあるはず」
そう言う薫に健悟は首を振る。
「嫌です。離れたくない。俺はもう傷付かない。薫さんが俺の事を本当に想ってくれてるがすごく伝わったから、俺はこれからは自信を持って薫さんの側にいます。もし薫さんが俺の為に迷ったとしても、俺が繋ぎ止めます。その代わり、俺がまた暴走しそうになったら、側にいて止めてください」
健悟の力強い言葉にまた涙が溢れ出す。薫はニコリと微笑むと、健悟の手を握り返す。
「バカだな・・・俺、もうこの手を離してあげないよ?」
「はい。ずっと握っててください」
健悟は優しく微笑むと、薫を強く抱きしめる。薫も健悟の背中に手を回し、強く抱きしめ返した。
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