第21話 家族
「母さん!」
乱暴に開けられた玄関の引き戸が大きな音を立てる。その音と健悟の大声に、リビングにいた誰もが顔を出し、出てきた。
「どうしたの?」
青ざめた表情で、薫をおぶっている健悟に母が声かける。
「ね、熱が、声かけても返事がなくて、あ、病院・・きゅ、救急車!」
健悟の慌てぶりにおぶられている薫の額に手を当てる。
「すごい熱!とりあえず部屋に運びなさい。薬と冷やす物を持っていくわ」
母の声に頷き、健悟は薫をおぶったまま二階へと上がって行き、自分の部屋のベットに寝かせる。すぐに母が来て、薬を飲ませるようにと促す。そして、冷枕を薫の頭の下に置く。持ってきた体温計の数字は38.9度だ。
「とりあえず薬を飲ませたから、様子見て下がらなかったら病院に行きましょう」
母の声に何度も頷き、薫の手を取る。母は小さなため息をつき、健悟の隣に膝をつき座る。
「彼なの?」
「あぁ・・・」
小さく返事する健悟の肩をぽんと叩くと、まったく・・と言い、また小さなため息をついた。
元旦の日、薫との電話を切ってから、家族と近くにあるあの神社へお参りに行った。両親と兄、兄の隣にはお腹の大きな兄の嫁、そして姉の6人で帰り道楽しく会話しながら歩いていた。
話すつもりはなかったが、姉の結婚の話から健悟の彼女の話になった。
「私はもう少し自由でいたいの。健悟だってまだ若いんだから」
姉の
「そうでもないぞ。健悟に先を越されるかもよ」
揶揄うように健悟の背中を叩くと、嫁の
「健悟くん、かわいい彼女さんいるもんね」
「えっ!?そうなの?」
梨花の言葉に驚いたのは母だった。どんな子なの?と聞いてくる母に健悟は小さな声で別れたと告げる。
少し気まずい雰囲気の中、恵が明るい声で口を開く。
「またその内できるわよ。こんな無愛想なのに、なぜか一部にもてるのよね」
「そうそう。愛想よければもっとモテるのにな」
恵の言葉に義人が相槌する。その言葉に母は笑いながら口を挟む。
「そうね。みんなが幸せな結婚してくれればそれでいいわ。今年は孫もできるしね。いっぺんにできたら楽しみが減るし、体力的に孫と遊べなくなるわ」
その言葉が健悟の胸を苦しめた。そして父の言葉がトドメを刺した。
「高望み過ぎずに、普通の家庭を持てればそれでいい」
「・・・普通ってなに?」
ずっと口を閉ざしていた健悟の言葉に、皆が振り返る。当然といえば当然の言葉かも知れないが、結婚や孫、普通の家庭、その言葉が健悟の中で違和感に感じた。そして、この感覚を薫も感じ、家族に受け入れてもらえなかったという薫の悲しみが健吾の中で怒りへと変わる。
「俺、この先、孫とか無理だから」
「どうしたの?」
俯きながら怒りの混じった声で話す健悟に、母が声をかける。留まろうと思っても何故か感情が昂って言葉が口から次々と出てしまう。
「普通って何?男女が付き合う事が普通なのか?その普通の価値観に傷付いてる人もいるんだ」
「健悟、どうした?」
心配そうに顔を覗き込み、肩に手を置く義人の手を振り払う。
「俺・・・俺、今、凄く好きな人がいる。心から大事にしたいと思ってる」
「そ、そうか。良かったじゃないか」
「その人、俺よりずっと年上で優しくて、可愛くて、臆病だけど、すごい真面目な人なんだ。これからもずっと一緒にいたいと思ってる。その人は・・・男だ」
その言葉に誰もが言葉を無くし、動きが止まる。
「わかってる。みんなが思ってる事も言いたい事も。受け入れてくれとは思わない。だけど、初めてなんだ。こんなに人を好きになったのは・・・」
無言のまま健悟の話に耳を傾けるが、冷たい空気がより一層冷たくなっているのを感じ、母が帰ろうと呟いて、皆黙ったまま帰宅した。
家に着くなり父は部屋に篭ってしまった。健悟の気まずさに居た堪れなくなりすぐに部屋と戻った。
薫からメールが届いてたのは気づいていたが、なんとなく返事が返せなくていた。それから三日間、家族との会話もなく過ごした。
いずれは話すべき事だったし、後悔しているわけではないが、家の静かさを思うと罪悪感が拭いきれなかった。
「薫さんもこんな思いだったのか。これが家だけではなく、外でも続いたら臆病になるな・・・」
ふっと苦笑いが溢れる。薫へ連絡しなくてはいけないと思っているが、今の自分の状態ではきっと困らせる事しか言えないかも知れないと電源を切ったままにしていた。
翌日の朝、相変わらず沈黙のまま朝食を食べていると、箸にも手をつけずに黙っていた健悟が口を開く。
「俺、今日帰るよ」
その言葉に皆が箸を止める。
「困らせてごめん。いずれ話すつもりだったけど、一方的に、こんな風に話すべきじゃなかった。でも、俺の気持ちは変わらない。だけど、こんなやり方はあの人が悲しむやり方だ。だから、一度戻ってあの人と話もして、少し冷静になってからちゃんと話す」
そういい終えると、健悟は立ち上がり二階の部屋へと上がっていった。
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