第19話 君を想う

初めて会ったのは、楽しそうに漫画を選んでる時だった。棚に手を差し伸べたのはほんの親切心だった。

スーパーであった時は、1人でカップ麺に向かってブツブツ言う変わった人だった。でも、何故か気になった。最初は食生活が安易にわかるカゴと、その結果が出てる細い体が気になるのかと思っていた。

明らかに俺を見て怯えた態度に、またかと思いながらも不思議と嫌な気はしなかった。

三回目に会った時は本当に偶然だった。元々あの街は、俺の住んでる場所から2駅も離れている。

本を探しに行くと言った時に、誠があの町の本屋はそんなに大きくないが本の種類が豊富だと言っていたからだ。

会う度、1人なのにクルクルと表情を変える顔が、印象的だった。今思えば、独り言を言うくらい本当は話上手で感情豊かな性格だったからだ。一緒に過ごす様になってからそれはすぐわかった。

話下手な俺に自然と合わせてくれる。恋愛が学びたいとおかしな相談を持ちかけた俺に、丁寧に、真剣に向き合って応えてくれる。それが嬉しかった。

ゲイだと、そう聞かされた時は正直、とても驚いた。でも、薫さんの話を聞いてるうちにただ、驚いただけで不快感もなく、すんなり受け止められている自分がいた。そして、悲しそうな声で、辛そうに過去の話をする薫さんが去った後、何故だか無性に知りたくなった。

薫さんの言う、男同士の恋愛がどういうものなのか知りたくなった。だから、その足で本屋へ向かった。

読めば読むほど、辛くなった。あんなに優しい薫さんが同じ目に遭ってたかも知れないという事実が悲しかった。今すぐ会いに行って薫さんを抱きしめたくなった。

初めて薫さんの部屋に泊まった時、薫さんの匂いに包まれて、薫さんの涙や笑顔が頭から離れなくて・・・初めてだった。

愛おしい、抱きしめたい、頬に触れて涙を拭ってあげたい、傷付いて欲しくない、側にいたい・・いろんな初めての感情がその夜の間中、胸の中を占めていた。

次の日、口から出た言葉は自分で発しておきながら、不思議と胸にストンと落ちた。俺は薫さんが好きだ・・・。

戸惑う薫さんに迷惑かけたくなくて、俺自身もこの気持ちを固めたくて時間を置いたけど、ストンと落ちた時から、会う度に、薫さんの事をもっと知る度に気持ちは溢れていった。

傷付く事に慣れたと言っていた薫さんが、あの日、何とも無いような顔で昔の話をしてるのを聞いて、胸が締め付けられて、怒りにも似た感覚が湧いて、好きだと言わずにいられなかった。

人目を気にして外では恋人らしくできないが、受け入れてくれて、顔を真っ赤にしながら歩み寄ってくれる気持ちが嬉しくて愛おしかった。

誕生日での出来事は、人生最高の瞬間だと思った。こんなに幸せな事があって良いのかと、不安にも似た気持ちでただただ薫さんを抱いた。

その後の日々も幸せを実感させる、不安を拭う日々だった。本当に幸せだった。

だからこそ、誠の言葉が頭から離れない。

俺は、周りにどう思われようが構わなかった。本当に心から薫さんが好きだから、薫さんの言ってた奇跡を手放したくなかったから。

今更、薫さんを失うとか、考えるだけで胸が苦しくなる。

俺の将来、紹介するのが難しい関係、平坦ではない恋・・・

帰省する前に薫さんに聞いたことがある。薫さんは帰らないのかと。

(高校でバレた後に先生から親に連絡が入ってね、親にはもうバレてるんだ。でも、俺は一人っ子でやっぱり孫とか期待してたみたいで、受け入れてもらえなかった。流石に険悪な顔はされなかったけど、やっぱりショックだったみたい。それからずっと会話とかもなくて、気まずくて、大学入ったと同時に家を出たんだ)

寂しそうに話してくれた薫さんの顔が痛ましくて、抱きしめるしかなかった。

俺には兄と姉がいる。母親は穏やかな人だが、父親は違う。剣道の先生もしていて厳格だ。きっと理解してくれない。最悪、縁を切ってもいい。友達も誠みたいに理解してくれる人が1人いるだけでいい。

将来も変えたって構わない。薫さんがいればそれでいい・・・。

でも、それは俺の1人よがりだ。

薫さんは1人だから、俺しかいないからとどこかで思っているのかも知れない。

薫さんのそばにいたいのは、同情でも変な執着でもない。

それに、薫さんが俺が1人になる事を望まない。誰より傷ついてきた人だから、俺と付き合うのを戸惑っていたのも、俺を悲しませたり、同じ孤独を味合わせたく無いからだ。

俺が1人で暴走したら、きっと薫さんから奇跡を手放すかも知れない・・・俺の事を思って・・・

でも、俺は薫さんの存在を隠したりしたくない・・・

何が正解で、何が間違いなのかわからない。俺だって誠が言ってた事を考えなかった訳ではない。

でも、改めて他の人から聞くと重みが増す。

薫さんが好きだ。ずっとそばにいたい。

心がこんなにも薫さんを求めてる。それはこれからも変わらないという、不思議な確信と自信がある。

薫さんを幸せにしたい・・・薫さんと幸せになりたい・・・

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