第18話 理不尽

「薫さん、行ってきます」

新幹線の前で、健悟は優しく薫の頭を撫でていた。クリスマスイブの後、一週間近く同棲に近い状態で薫の自宅で過ごした。

年末年始は、来年成人を迎える健悟が帰省する事が決まっていたからだ。

せっかく想いが結び、体を重ねるまで進展したのに離れたくたいと健悟が言い出し、既に大学もバイトも休みに入っていた健悟が、仕事がある薫を思って帰省する迄の間、泊まっていた。元々何度も泊まりに来ていたせいか、健悟の私物や服なども薫宅にはあったので、何も問題なく過ごせた。

帰省当日の朝に、荷物を取りに2人で健悟宅に行き、そのまま見送りで駅まで薫も付いて来たのだ。

新幹線のドアが閉まり、健悟が指を刺す方向へ移動すると窓側の席を取っていたのか、荷物を上の棚に置き、シートに腰を下ろしながら窓をコンコンと叩く。

薫はその様子にニコニコしながら手を振ると、健悟の後ろから若い男性が健悟に声をかけてる様で健悟が後ろを振り向く。

何やら親しげに話している間に、発車のベルがなり、健悟が慌てて薫に振り向き笑顔で手を振った。後ろの男も隣の席なのか健悟の隣に腰を下ろし、薫にペコリと頭を下げる。薫もつられて頭を下げ、健悟に手を振った。

新幹線が動き出し姿が見えなくなるまで見ていた薫の携帯に、健悟からメールが届いた。

(同じ大学で地元の友人です。ちゃんとお別れできなくて残念です。帰ったら、また薫さんの家に泊まりに行ってもいいですか?)

その内容に、薫は変な顔でもしてたのかな?と疑問に思いながら、待ってますとだけ返事をした。


「いや〜、こんな混んでる時期に隣とか、凄い偶然だな」

新幹線が動くなり話しかけてくる。この友人は浅田アサダ マコトである。高校からの友人で大学も一緒で、同じ時期に上京してきた。高校時代から周りに怖がられている健悟を物怖じせず接してくれる気心知れた友人でもある。

大学に進学してから、髪を茶髪に染め、ピアスとかも着け始めた。気さくな性格もあり、大学内では友人も多い。

「冷たいよなぁ。同じ日に帰るんなら、行き先一緒なんだから声かけてくれよ」

ふて腐れた態度で健悟を肘でつく。健悟は眉を顰め、誠に顔を向ける。

「お前は大学に入ってから忙しいだろ?全く、少しは落ち着いたらどうだ?」

「だって、毎日楽しいんだもん」

イヒッと笑いながらおどけて見せる。健悟はため息を吐きながら、ブブッとなった携帯を見て微笑む。薫からの返事だ。

「なぁ。お前、あれはどうなった?」

「あれとは?」

「ほら、俺が冗談で少女漫画でも見て恋の勉強でもしろって言ったあれだよ。漫画家に教えてもらっているって言ってただろう?」

「あぁ・・・うまくいってる」

「うまくって・•・もしかして、お前、最近付き合いが悪いと思ったら、彼女でもできたのか?」

健悟の意味深な言葉に誠が食い付くと、健悟はさぁなと笑って答えた。

「ちぇ、何だよ。で、今度はどんな子だ?」

「言う必要があるのか?」

「いいだろ?俺の助言があったからできたようなもんだろ?」

「・・・・まぁ、それがきっかけでもあるな」

「そうだろ?いいじゃん、教えろよ」

「・・・可愛い人だ。俺は初めて本気で惚れてる」

「・・・惚気かよ。写真見せろ」

「嫌だ」

横から手を伸ばし健悟の携帯を奪おうとするも、背丈も腕力も健悟にかなう訳もなく、早々と諦めた誠はとって食うわけでもあるまいし・・とブツブツ呟く。そして、誠はふっとある光景を思い出す。

「なぁ、さっき見送りに来てた人誰?」

「誰でもいいだろ」

「何かさー、その、お前達の雰囲気がさー・・・」

そこまで言いかけて、誠はハッと気づき健悟に顔を向けた。

「まさか、あの人じゃないよな?」

「・・・・」

「まじか・・・あぁ・・・まぁ、俺は気にしないが、周りにはあまり知られないようにしろよ」

「・・・・何でだ?薫さんにも念を押されている」

「薫さんって言うんだ。んー、念を押されるって事は、薫さんはそっちで、何かしらトラウマがあるって事か」

誠の鋭さに、健悟は黙ったまま誠を見つめた。

「いや、ほら、だいぶ緩和されたと言え、好奇な目で見られるだろ?それに、お前は体育教師志望だ。教師という立場で、そういう目で見てないと思ってても、周りはそう思ってくれない。どう考えたって、お前がゆくゆく受け持つのは男子生徒ばかりだからな。就活だって差し支える」

「・・・・」

「何だって、初めての恋にそっちを選ぶんだ。友達にも親にも紹介なんて、なかなかハードだぞ?」

「俺は・・・」

「まぁ、お前のあの甘ったるい顔を見れば、どれだけ本気なのかはわかるけど、平坦な恋愛じゃ無いってことだけは覚えとけ。お前も薫さんも傷付かないようにな。2人で何でも話し合える信頼関係は築いとけよ。何かあれば相談に乗るから」

そう言うと誠は、少し寝るっと言って着ていたジャケットのフードを被った。健悟は誠に言われた言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、黙ったまま俯いていた。

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