第13話 確信

「今日はよろしくお願いします」

健悟は深々と頭を下げる。今日はベタ塗りの練習初日だ。今日の為に勉強したのか、机の端には初めての漫画というタイトルの漫画の書き方本が置かれていた。

その本を見て、薫はふふっと笑う。

出来立てのコーヒーをテーブルに置く。そのマグカップを見て、健悟がにこりと笑う。

先日のデートの帰りに、いつも健悟の分の食器がなかったのが気になって色々と買った際に、健悟が買ったマグカップだ。

恥ずかしいと言ったのに、お揃いのマグカップが欲しいと健悟が言い出し、あからさまなお揃いではなく互いに合いそうなカップを買うことで終着した。

薫が選んだのは、かわいい犬のイラストが付いたカップ、健悟が選んだのは黄色い小さな花が寄り添うように二輪描かれたカップだった。

「今日は練習して、次から原稿に筆入れしてもらいます。道具はこれを使ってください」

テーブルに並べられた道具とペン置きを指差し、練習用にと描いたイラストを一枚健悟に差し出す。

「あの、ベタだけでいいんですか?本にはトーンとか色々書かれてたんですが」

「ふふっ、ちゃんと勉強したんですね。トーンはいろいろ種類があって、番号を覚えるのも大変だし、カットも難しいんです。ベタ塗りだけでも凄い助かります」

「薫さんは、アプリとかは使わないんですか?」

「うーん・・・最近は何でも電子化になってるから、そっち方面が主流になってるけど、俺は紙が好きです。紙の匂いや手触り、感触を楽しみながら絵を描いていくとワクワクするんです。確かにアプリの方が色も付けられて綺麗だけど、この白黒感が俺にはしっくりきます。カラーとか付いたら人気が上がった気がして嬉しくなるのも紙ならではの楽しみです」

薫はニコリと笑いながら自分の手元に用紙を一枚置く。

「今日は作業の流れを見せながら、練習しましょう。俺が描いて健悟くんにベタ塗りをお願いします。そしたら、また俺に回して、俺は手が空き次第トーンを貼ったり修正とかして仕上げます。まずは俺の描いてる漫画の主人公達になれて欲いので、一人一人描いて健悟くんに回しますね」

「わかりました」

健悟は短く返事をし、ペンたてから筆を取ると、慎重に描かれた人物の髪を塗り始めた。


黙々と作業している中、携帯のアラームが鳴る。バイトの終了時間だ。練習といえど、健悟の時間を割いてきて貰っているので、今日からバイト代を出すつもりでいた。

それと学生でもあり、他にバイトもしている健悟の生活に支障が出ないよう配慮した事でもあった。こうしてきっかり決めていかないと、真面目な健悟はいつまでも手伝うと言って帰らないのがわかるからだ。

「健悟くん、お疲れ様」

「お疲れ様です」

手を止めて互いにお辞儀する。道具を片付けようと手を伸ばす健悟の手を遮り、先に手に付いたインクを洗ってくるように促す。健悟が洗面所へ向かったのを見て、薫はテーブルを片付けていく。

しばらくして戻ってきた健悟に振り返りながら薫が声をかける。

「健悟くん、時間があればご飯食べに行きませんか?俺が奢ります」

「行きたいです。ですが、俺もお金出します」

「いいよ。今日は歓迎会みたいなものです。あ、あとコレ・・・」

薫は立ち上がり、作業机の引き出しから封筒を取り出すと、健悟へ渡す。健悟は少し躊躇いながらその封筒を受け取る。

「これは約束だから、遠慮とかしないで下さい。今日はのんびりやりましたが、忙しくなったら本当に大変な作業なんです。だから、タダで手伝ってもらうのは、俺の気が引けます」

「・・・わかりました」

「じゃあ、どこ行きましょうか?健悟くん、何が食べたいですか?」

「あの・・・」

薫の隣に腰を下ろした健悟は、薫をじっと見つめて言いにくそうに口を濁す。

「どうしたんですか?」

「薫さん、外で手を繋ぐのはダメだって言うから、今、少しでいいので手を握ってもいいですか?」

急な申し出に薫は顔を徐々に赤らめて俯く。そして小さく頷くと、健悟はそっと両手で薫の手を取り、その手を親指で撫でる。そしてポツリと呟く。

「不思議です」

「な、何がです?」

「今まで誰かにこんな風に触れたいと思った事が無いのに、薫さんと会うと触れたいと思うんです」

優しく微笑みながら、薫の手をぎゅうと握ったり、摩ったりする。薫は鼓動が早くなるのを悟られまいと俯き、その手を見つめる。薫とは違う大きな手。その大きな手に包まれる自分の手から温もりが伝わる。

健悟は薫に顔を上げるように言い、じっと薫を見つめる。

「でも、薫さんが嫌がる事はしません。こうして少しずつ薫さんの温もりを確かめるだけで今は満足です。この気持ちが何なのか、少しずつわかる気がするんです」

「・・・・」

「薫さん、俺はわかると同時に確信していくんです。だから、気持ちが固まったらもう一度薫さんに告白してもいいですか?」

「・・・・はい」

小さな声で返事すと、健悟は片手をあげ薫の髪を撫でた。

「ご飯、食べに行きましょう」

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