第12話 ベタな展開

「薫さん!」

待ち合わせの駅で待っていると、健悟が薫を見つけ駆け寄る。茶色のスラックスに、紺のシャツ、髪までセットした健悟の姿に、やっぱりデートなのかと顔を赤らめる。

それにしても、やっぱり尻尾が見えるのは気のせいだろうか・・・。

「こんにちは。健悟くん」

「こんにちは」

爽やかな笑顔で健悟が返す。爽やかすぎて後ろに後光がさしてる気がする。眩しいと思いながら、薫は目を細める。

「映画は13時からなので、簡単に食事を済ませましょう」

「はい」

健悟の案内に少し俯きながら、いつもの様に後ろを歩く。すると、健悟がぴたりと足を止め、振り向く。薫は不思議に思い、顔を上げる。

「薫さん、いつも思うんですが、なんで後ろを歩くんですか?」

「あ・・・それは・・・」

健悟の問いに少し躊躇して答える。

「すみません。何となくです・・・何となく、この前みたいに知り合いに会ったりした時に健悟くんが、また誤解されるんじゃ無いかと思って・・・」

馬鹿げた悩みと言えば、馬鹿げているが、薫にとっては大事な悩みだ。健悟はノンケだ。それに、まだ健悟は気持ちを固めていない。

そんな中で、一度でも知り合いに薫といる所を見られて噂になれば、それは今後もずっと付き纏う。そんな不安から、どうしても隣に並ぶ事ができないでいた。

いつの間にか、また俯く薫の手を健悟はそっと取ると、しっかりと手を繋ぐ。

「け、健悟くん!」

突然握られた手を振り解こうとするが、力の差もあり振り解けない。

「俺、気にしません。第三者が当の本人達の気持ちを無視して、あーだ、こうだと口出すのは違うと思うんです。薫さんが言う偏見も俺には理解できません。それは本を読んでも理解できませんでした。薫さんはこういうの、嫌ですか?」

「嫌というか・・・」

「じゃあ、今日は俺の隣を歩いてください。それと、良かったら手を繋ぎましょう。ゆっくり確かめ合うとはいいましたが、俺、今日はデートのつもりです。だから、隣でこうやって歩いて下さい」

真っ直ぐな目で薫を見つめる。健悟の言葉は不思議な位、ストンッと胸に落ちる。暖かい何かが胸に溜まっていく感覚がする。

「あ、あの、隣を歩きます。でも、手は・・・」

薫の言葉に少し項垂れて、健悟は手を離す。その様子が項垂れる犬に見えて薫は罪悪感に悩まされ、顔を赤らめながら手を伸ばし、健悟のシャツの裾を握る。

「手はダメですけど、ここでもいいですか?」

モジモジしながら健悟を見上げると、満面の笑みでハイと答えた。それから、2人で軽く食事をし、映画館へ向かった。

2人でポップコーンと飲み物を買い、すでに健悟が買っていたチケットを使って場内へ入る。平日の昼間というのもあってか、場内はまばらに人が座っていた。

指定席に座ると、ゆっくりと暗闇が訪れ映画が始まる。始まってしばらくすると健悟が2人の間にある肘置きを上げ、薫にポップコーンを渡す。

急にどうしたのかと思いながら、渡されたポップコーンを受け取ると不思議そうに健悟を見つめる。

健悟は薫の空いた手を取り、繋いだ状態で自分口元に持って行き、軽くキスをするとそのまま自分の膝へ置く。そして、薫にニコッと笑ってまた映画を見始める。

薫はその仕草を見て顔を赤らめ、固まったまま健悟を見つめる。

(なんだ、この妄想まんまの展開は!?どうして、健悟はこんな恥ずかしい事がサラッとできるんだ!?)

色々と思考が巡る中、ふっと思い出す。

(あぁ。元カノとかにこうして接してきたんだ・・・)

そう思うと急に悲しくなって俯く。

(そうだよな、俺と違って今までは女の子とデートしたりして色々経験を積んでるんだもんな。まだ、好き同士でも付き合ってもいないのに、過去の人にヤキモチ妬いてどうするんだ・・・)

胸の中にモヤモヤが膨らんでいく。ここに来るまでの健悟は、とても紳士的で慣れた手付きで、車道側を歩いたり、ドアを先に開いたり、階段を降りるときは手を差し伸べたり、よく考えたらあれはレディーファーストみたいな扱いだ。

女の子としか付き合った事ないもんな・・・しょうがないよな・・と思いながらため息を付き、スクリーンへと顔を向ける。

あんなに楽しみにしてた映画なのに、内容が全く入ってこない。ぼんやり見つめていると、健悟が急に手を引く。釣られて薫の体が健悟へと寄りかかる。

「薫さん、楽しくないですか?」

小声で健悟が耳元で囁く。薫は健悟を見つめ、首を振る。自然と繋いだ手に力が入る。手を見つめ俯く薫に、また健悟が耳元で囁く。

「これ、嫌ですか?貸してもらった本にあったシーンなんですけど、俺も初めてやりました」

その言葉に薫は顔をあげ、健悟を見る。健悟は、ほんのり頬を染めながら、真面目な顔で薫に問いかける。

「ベタ過ぎますか?俺、薫さんよりずっと年下だから、少しでもかっこよく見せたくてスパダリっていうのを真似てみました」

一生懸命本を読んで勉強している姿が容易に頭に描かれる。どこまでも真面目で、どこまでも薫をまっすぐに見つめてくれる健悟の優しさが嬉しくて、薫はニコリと笑い、健悟に囁く。

「嬉しいです。でも、これじゃあ、ポップコーンが食べれません」

「あ・・・」

しまったと言う顔で健悟は慌てて手を離すが、薫はその手を掴み取りぎゅっと握る。そして、ポップコーンを健悟へ傾ける。

「そう言う時には、健悟くんが食べさせるんですよ」

「あ・・・わかりました・・・」

そう言うと、薫に抱えられているポップコーンを一つ摘み、薫の口へと運んだ。ぎこちない健悟の態度がおかしくて、口に含みながら薫は笑った。


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