第9話 急な展開

翌朝、いつの間にか寝てしまった薫の後ろで、トントンとリズミカルな音がして目が覚める。体を起こし、音が鳴る方へ顔を向けると、健悟がキッチンで何やら作業していた。

「健悟君、何してるんですか?」

薫の声かけに健悟が振り向く。

「おはようございます。起こしてしまいましたか?」

「いいえ、大丈夫です」

「朝食をと思ったんですが、冷蔵庫に何も入ってないのでコンビニで少し買って来ました」

キッチンに向かうと、皿にベーコンエッグが飾られており、その側に先ほど切っていたきゅうりとブロッコリーが添えられていた。

「わぁ、健悟君、料理が得意なんですね」

久しぶりに見る朝食らしい朝食に感動する。健悟はそんな薫の顔を見ながら、眉を顰める。

「薫さん、自炊してるんじゃなかったんですか?味噌や調味料が全く無いです。もしかして、カップ麺ばかりなんですか?」

健悟の言葉にぎくりとする。

「そ、そんな事ないです。たまーにです」

慌てて答える薫に疑いの眼差しを向ける。薫は観念した様にため息をついて答えた。

「すみません・・。忙しいとつい・・」

薫の返事に深いため息を付き、盛り付けた皿を渡す。

「ご飯も炊飯器があるのに、レンジ米だし・・ちゃんと食べないと倒れてしまします。たださえ、こんなに細いのに・・・」

そう言いながら薫の体に目をやり、また深いため息を吐く。薫は居た堪れなくなり、そそくさと渡された皿を持ってテーブルへと向かう。

健悟の方がだいぶ年下なのに、なぜか口うるさい母親に見える。後ろからレンジで温めたご飯をパックのまま健悟が運ぶ。

ずっと1人で過ごしてきたので、この家には器が1人分しかない。かろうじて二つ揃っている物といえば、佐藤用に買ったマグカップだけだ。

そんなに大きくないテーブルに2人分の食事を並べ、食べ始めると健悟が話しかけてきた。

「薫さん・・俺、たまに来てもいいですか?」

「別に、構いませんが・・・」

「薫さんの食事が心配なんです」

「・・・・」

「迷惑にならない様にします。たまに・・いや、特に締切前とか、俺が来れる時はご飯作ってもいいですか?」

そんなに心配するほど、俺はひどい外見なんだろうか・・健悟の提案に戸惑う。

「ダメ・・ですか?」

しょんぼり顔で薫を見つめる。まただ・・・その犬がしょぼくれた表情・・その顔は卑怯だ。健悟の顔に身悶える。

「あの、無理しなくてもいいです。今まで何とかやってこれてますし・・」

「無理なんかしてません」

即答する健悟に薫は一瞬怯む。

「それから、俺、一晩考えたんです」

「な、何をですか?」

今度は何を言い出すのかとドキドキしながら、心を落ち着かせようと、買ってきてくれたお茶のペットボトルのキャップを捻り口をつける。

「薫さん、俺とお付き合いしませんか?」

「ブフッッ」

健悟の言葉に口に含んだお茶を勢いよく噴き出す。

「大丈夫ですか!?」

近くにあったティッシュを掴み、数枚取って薫に手渡す。ゲホゲホと咽びながら、ティッシュを受け取ると、薫は口に当てた。健悟は何事もなかったようにテーブルを拭いている。

この男はいきなり何を言い出すんだ。頭の中に健悟の言葉がぐるぐると駆け巡る。薫の慌てふためいた態度に健悟はテーブルを拭き終わってから、話を続けた。

「俺、薫さんと恋愛してみたいんです」

尚も意味不明な事を続ける健悟に、完全に頭がパニックになる。

「な、なんで、そんな考えになってるんですか?」

「俺、昨日、薫さんがお礼を言ってくれて、笑顔を見せてくれて、何か胸にストンっと落ちたと言うか、何か当てはまったというか、よくわからないんですが、もっと薫さんの笑顔が見たいと思ったんです」

「・・・・」

「これが好きという気持ちなのかは、正直まだわかりません。でも、薫さんの事は初めて会った時から可愛らしいと思っていたし、一緒にいて楽しいし、薫さんは心が折れた弱い人間だと思っているみたですが、俺には自分をしっかり持ってる強い人だと、傷付けられても、そういった環境にいても周りを恨むどころか、決して悪い人達じゃないと言える優しさが、すごく尊敬できるんです。その優しさ故にもう傷ついて欲しくないし、守ってあげたいと思うんです」

相変わらず真っ直ぐな目で薫を見つめる健悟に、どう返していいのかわからず黙ったまま健悟を見つめ返す。

「俺、思ったんです。これから知る恋を、好きという感情を向ける相手が薫さんだたら嬉しいと本気で思えたんです。だから、俺と恋愛してください」

「健悟君・・・そんな簡単な事じゃ無いんです。君は若い。これから沢山の人と出会って、きっとその中で恋ができる相手と巡り会えます。茨の道は進まなくていいんです。俺はそう思ってくれただけで十分です」

「簡単だとは思っていません。でも、薫さんと進んでみたいんです」

「・・・・」

「薫さんがすぐ答えられない事は承知してます。でも、俺はこれからそのつもりで薫さんと今後は接していきたいです。それだけでも、許してくれませんか?」

切実な言葉に戸惑い、俯く。健悟の性格から、安易に考えた言葉でないことはわかる。だが、若い健悟に課せて良いことではない。

もしかしたら、薫自身が経験した痛みを味あわせてしまうかも知れない。不安だけが募る。健悟は薫のそばに寄り、手を取ると優しく言葉をかける。

「薫さん、俺は未成年だけど、子供では無いです。少なくとも自分で道を選んで進める位は大人です。その事で例え傷ついたとしても後悔はしません。

だから、俺の心配はしないでください。ただ、俺の気持ちを少しだけ、汲み取ってくれればいいです。後は俺自身が選んで進みます。薫さんが嫌がる事は、傷付けるような事もしません。ただ、頷いてください。俺が側にいてもいいと・・・」

健悟が握る手が暖かくて心地良い。そして、優しい言葉が胸に届く。

「付き合うとかは・・・まだ答えられません。多分、俺は健悟君のこと好きになると思います。でも、怖くて、不安の方が大きくて答えられないんです。

もし、健悟くんがの気持ちは勘違いだったとわかったら?例えしばらくの間、うまく行ったとしてもやっぱり結婚したいって思うようになったら?

俺は、その時どうすればいいんですか?きっと俺は堪えれません。そうなるなら、始めたくない」

震える声に気づいたのか、健悟が薫をそっと抱きしめる。

「俺はそうならないと確信してます。薫さん、ゆっくり確かめ合いましょう。

俺はこの気持ちは勘違いではないと思ってます。ゆっくり確実に薫さんへと向かっています。だから、まずは俺からゆっくりと薫さんに近づきます。薫さんもゆっくり俺に近づいてください。手を取り合う頃には、きっと奇跡が起きます。お互いに手放せない程の奇跡が起きるはずです」

健悟の言葉一つ一つが薫の胸に落ちてゆく。その言葉に促される様に薫は頷く。そして小さな声で呟いた。

「俺も奇跡を見てみたいです」


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