第6話 ストンと落ちた
カランッとグラスの中の氷が鳴る。
話を始めるまでのほんの少しの間が、重く感じた。
「・・・俺はゲイです。あの棚にあった漫画はBLと言って、男同士の恋愛を描いた漫画なんです」
薫の急な告白に、健悟は少し驚いた様な顔をする。何となく顔が見れなくなって、薫は俯いたまま話を続けた。
「さっきの男は俺の高校の時の同級生。俺がゲイなのを知ってるから、あーやって揶揄ってきたんです。運悪くBL棚にいたのもそうだけど、健悟君を彼氏だと・・もしかしたら、健悟君もゲイ仲間だと勘違いしたかも知れません」
健悟の沈黙が薫の声を小さくする。
「もし、今日の事で不愉快にさせて、俺の事を気持ち悪いとか思うなら、無理して今後会う必要は無いです。健悟君と色々話せて楽しかったけど、できれば嫌われたくなかったけど、こればっかりは仕方ないよね」
「薫さん・・・」
健悟の言葉を遮るように顔を上げ、にこりと微笑んでみる。
「大丈夫です。俺、慣れてるんで平気です」
明るい声を健悟に向けると徐に席を立つ。
「今日は帰ります。本、選べなくてごめんなさい。コーヒー、ご馳走様です」
そう言って席を離れようとした瞬間、健悟の手が伸びてきて薫の腕を掴む。
「薫さん、俺の話はまだです。座ってください」
真剣な顔で引き留める健悟に促され腰を下ろすが、健悟の顔が見れなくて俯く。
「俺・・正直、男同士の恋愛がどういう物かわかりません。そもそも、恋愛感情がわからないので・・でも、薫さんの事、嫌だとか思えません。これからも会いたいです」
健悟の言葉に顔を上げると、真っ直ぐに見つめてくる顔が目に止まる。
「恋愛感情がわからないのに、こんな事言うのもおかしいですけど、男同士がそんなにいけない事なんですか?どうして、薫さんがあんな不愉快な顔で揶揄われなきゃいけないんですか?」
「健悟君・・」
「え?あ、薫さん、俺、何か変な事いいましたか?」
「え?」
「あ、あの泣かないで下さい」
健悟の言葉に薫は自分の顔に手を当てる。俺、何で泣いてるんだ?涙に触れて、自分が涙している事を知る。目の前では慌てふためいて、近くにある紙ナプキンを差し出す健悟がいた。
その姿と、さっきまでの健悟の真っ直ぐな目、言葉、何もかもが薫の中にストンッと落ちた。
何だろう・・この感覚は・・不思議な感覚にしばらく頭がぼーっとなっていた。
「薫さん、落ち着きましたか?あの、俺の何が薫さんを悲しませたんでしょうか?」
健悟の言葉に我に返り、ふっと笑顔を見せる。
「違います。きっと俺、嬉しかったんだと思います」
「嬉しい?」
「はい。いくら性の多様性が認められてきたと言っても、やっぱり偏見は有ります。自分と違う物に関して、皆、敏感なんです。そもそも認められてるって言葉も、俺にとっては違和感でしか無いです。普通の、男女の恋愛と違って、認められないといけないのかって思うんです」
「・・・・」
「でも、こればっかりは仕方ないです。多様性の事をわかってても無理な人は無理なんですから。例えば、健悟君に嫌いな食べ物があったとして、それを周りから体に良いものだからって説得されても、食べれない物は努力しても食べれないんです。それと一緒です。でも、だからってそれを作ってる農家さんに意地悪するのは間違ってるのに、それと同じ事をされるんです」
「・・・何があったのか聞いてもいいですか?」
顔色を窺う様に健悟が尋ねる。薫は少し沈黙した後、ニコッと笑って話始める。
「昔は、少女漫画だけじゃなくてBL本も読んでたんです。僕は早い段階で同性が好きだと気づいていたので、本の中での同性同士の恋に憧れました。特に、ノンケの・・・あ、ゲイでない異性愛者の事を言うんですけど、ノンケの人との恋愛に凄く憧れていたんです。俺の初恋がノンケだったから・・・」
グラスの中の氷が、またカランッと音を立てた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます