第4話 懐く大型犬
あれから数ヶ月経ち、健吾とも何度か会った。
健悟についてわかった事と言えば、大学生で教育学部を専攻しており、将来、体育の先生になりたい事、超が付くほど真面目だと言う事位だ。
幼少から剣道をやっていたらしく、たださえ192㎝という背の高さが威圧感を与えると言うのに、がっつり付いた筋肉とぴんと伸びた背筋が輪をかけて威圧感を感じる。
そのせいか周りに引かれ、友達は多くはない。そんな中、好きだと言われたら、気持ちがなくても、健悟の性格だとありがたいと思って付き合ってしまうんだろうな・・・。
でも、話してみると意外と子供っぽかったり、少し天然ぽかったりで本当に普通の若者だ。顔も整っているし、何より俺には何故か尻尾を振った大型犬に見えてしまう。あれで少し性格が緩かったら、きっとモテただろう。そう考えると、少し残念に思えた。
携帯のバイブ音が鳴る。健悟からだ。
毎日決まった時間にメールしてくるので、見なくてもわかる。
何故か異様に懐かれている気がするが、これも真面目な性格が故の豆さなのかわからない。
バイトがある日は、行く前の18時、終わった23時。バイトがない日は17時。
内容はほぼ大した事ない。
(バイト行ってきます)(バイト終わりました)(学校終わりました)
俺は母親か何かか?それとも会社の上司か?そう思うほど、本当に大した事ない内容。その定期的連絡の合間に(ご飯は食べましたか?)(今度はいつ会えますか?)の二言が入るくらいだ。
月末になると締切が近づくのでなかなか会えない。その間、退屈なんだろうか・・?そう思いながら、返事を打つ。
(もう少しでひと段落がつくので、その時は連絡します)
返信ボタンを押すと、もうひと頑張りだと自分に気合を入れ、原稿に向かう。
「はい。確かに受け取りました」
描き上げた原稿を佐藤がバックにしまう。
「珍しいですね。締め切りより1日早く仕上げるなんて・・」
佐藤の言葉に、薫は気まずそうな顔をする。
「健悟君が毎日メールしてくるんです。なんか何度もメールくれるから、申し訳なくて・・・」
「ふむ。健悟君のおかげでしたか。あれから何回かあってるんですよね?どうですか?」
「どうって・・?」
「聞かなくても親しくなったのはわかりました。それで、先生の心境は少し良い方向へ向きましたか?」
「わかりません・・・ただ、少しだけ自分を気にかけてくれる人がいる事には感謝してます。今まで携帯から連絡は佐藤さんだけだったから」
「そうですか。健悟君はきっと先生の絡み捲った紐を解いてくれると思います。これでも私は見る目あるんですよ」
薫を見ながらニコッと微笑む。その笑顔に薫の顔も緩む。普段厳しいが、いつも薫の心配してくれている事はわかっていた。最初は何を勝手に!と思っていたが、実際、いつの間にか健悟に会えるのを楽しみにしている自分もいて、その為に頑張った節はある。
「さて、私は帰ります。この後、一緒に夕食でもどうですか?」
「あ、この後は健悟君に連絡して都合が合えば、食事に行くつもりです」
「わかりました。楽しんできてくださいね」
そう言うと、そそくさと帰っていった。俺はすぐさま携帯を取り、健悟へメールを送る。すると間を入れずに返事が来た。その返信を見て、薫はふふっと笑う。
こんな風に笑うのはいつぶりだろうか。佐藤の言ってる事は本当なのかも知れない。いい友人ができた・・・。
「薫さん、何度も出てくる“切ない“って言葉はどういう感情ですか?」
漫画を広げ指差す。健悟は会う度にこうして質問してくる。二回目に会った時は、漫画本をコピーして綴り、徐にテーブルに広げ始めたので流石にそれは恥ずかしいからと、喫茶店で待ち合わせする時は端の席、夕食を食べる時は個室がある場所を選んでいた。
本当に真面目に恋の勉強をしているようだ。
「切ない・・ですか。うーん、そうですね。誰かを想った時に、こう、胸がキューっとなる感覚ないですか?人でなくてもいいです。例えば、飼っている犬が可愛らしい仕草をした時、あぁ!可愛い!って思いますよね?その時に胸がきゅーとなりませんか?」
「犬を飼っていないので、わかりません・・・」
「ふふっ。犬じゃなくても猫とかハムスターとか」
「ハムスター・・」
首を傾げる健悟がおかしくて声を出して笑う。
「人によっては空腹を感じる時に似ているっていいます。・・・健悟君、勉強するのもいいけど、悪魔でも知識として覚えてください。こういう感情は経験してこそ学ぶんです。それは自然に訪れますから」
「・・・・」
「どうしましたか?」
「薫さんは恋はされた事があるんですよね?やっぱり経験から漫画が出来上がるんでしょうか?」
「うーん、どうでしょうか?あえて経験をしたり、経験者から聞いたりして物語を作る人もいますが、どちらかと言うと、こうあって欲しいなという願望を、物語に練り込んでいる人の方が多いと思います」
「願望・・・」
「はい。誰だって、夢の様な、運命の様な恋をしたいんだと思います。俺が漫画家になったのもそういう願望があるからです。素敵な人と出会って、胸を高鳴らせ、時には泣けるくらい胸を締め付けられて、そして互いにずっと想い合う。そう言う関係が築ける人と出会えるって奇跡だと思うんです」
「奇跡・・・」
「健悟君はまだまだ若い。焦らず待っていればいいと思います」
薫はそう言ってグラスの水を口元へ運ぶ。そして、ボソッと呟く。
「奇跡に出会えても上手くいかないこともあるけどね・・・」
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