第3話 待ち合わせ
電話番号を交換した夜、ご丁寧に健悟はメールを寄越した。
(薫さん、お仕事が忙しいと思うので、ご都合が良い日を教えてくれますか?)
この返事を返すのに一時間もかかった。どうしてこうなったのか、未だに理解が出来ないからだ。そして、いきなりの名前呼び。佐藤が親しくなる最初の一歩だとか何とか言ったからだ。
散々悩んだ挙句、明日の午後なら空いてますとそっけない返事になってしまった。それから何度か返信が来たが、どれもそっけない返事だ。どうせ、こんな俺と会ってもきっとつまらなくて、すぐに連絡が途絶えるだろうと鷹を括って、やり取りを終えた携帯を放り投げる。
それとも、思い切ってぶちまけて切ってしまおうか・・・そんな考えが頭をよぎったが、佐藤の言葉を思い出し、なるようになれっとベットに潜り込み就寝した。
翌日の午後14時に、この前の喫茶店でと約束した薫は、時間より早めに到着して席に着く。飲み物を頼んだ後、運ばれてきたアイスコーヒーを緊張した面持ちでコーヒーをストローで啜る。
お見合いとかじゃ無いんだから、何をそんなに緊張するんだ。相手は6歳も下だ。大人らしく余裕のある態度でいなくては・・・。
そう自分に言い聞かせ、時計を何度もチラチラ見る。
カランとドアのベルが鳴り、ドアから大男が入ってきた。健悟だ。
「すみません。待たせましたか?」
「いえ、さっき来たところです」
声が上ずりそうなのを必死に堪えて返答する。健悟はチラッと薫のコーヒーを見る。底をつきそうな残りだ。
「あ、違います。少し、緊張してて、その、喉が渇いてしまって・・」
「そうですか・・」
健悟はそういうと、薫の向かいに座りコーヒーを頼む。
「きょ、今日は暑いですね」
「暑いですか?俺は涼しいですが」
それはそうだ。今は5月、まだまだ暑くなるには早すぎる。だが、緊張で汗が出る薫にとっては猛暑に感じる。
「そ、そうだ。あ、あの、健悟君は俺の本を読みたいと言ってくれたんですが、俺、その、単発の読み切りが多くて、連載が始まったのは半年前なので、まだ、1冊しか無いんです。すみません・・。それで、俺が一番好きな本を何冊か持ってきたので、それでもいいですか?」
健悟は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ後、薫の目を見る。
真っ直ぐにみてくる健悟にドキドキしながら、返事を待つ。
「薫さんの作品も入ってますか?」
「は、はい!一応、持ってきました」
紙袋に入った本を手渡す。
「名前を少しいじって、林 香織で書いてます」
健悟は受け取ってすぐ、薫の本を探して手に取る。表紙をじっくりと見て、ニコリと笑う。
「あ、あの何処かおかしいですか?」
「あぁ、違います。薫さんに似て、可愛らしい絵を描くんだなと思って」
「かっ、可愛らしい?」
「はい。あ、男に可愛いはなかったですか?でも、初めて見た時から思ってました。だから、薫さんの事、すぐ気付いたんです」
この男は目がおかしいのか?俺はどう見ても可愛らしい外見ではない。至って平凡な顔だ。
「あ、俺の背が健悟君より低いからですか?」
「いえ、顔です」
真面目な顔で即答する健悟に、顔を赤らめて俯きながら可愛くないと呟く。
それからしばらく沈黙が続き、居た堪れなくなった薫はコーヒーを手に取る。元々残りわずかだったコーヒーが、勢いよく吸われ、ズゴゴ・・という音を立てる。その音に更に顔を赤らめる。
「薫さん、俺の事、怖いですか?」
「えっ?」
突然聞かれた問いに顔を上げる。
「俺、背が大きいからか、周りから怖がられるんです」
「え?あ、いえ、怖くは無いです。ただ、佐藤さんが言ってたように、人付き合いが苦手で、少し点張ってます」
「そうですか・・・」
「あ、あの、健悟君も本当は嫌では無いんですか?」
「それは無いです」
即答され、逆に薫がたじたじしてしまう。
「俺から薫さんにお願いしたのがきっかけですし、薫さんから色々教えて欲しいです」
「あ、あの、最初に言った通り、俺は恋愛相談はできません。少女漫画書いてますが、恋愛経験が豊富なわけじゃ無いんです。ただ、こうあって欲しいなぁという俺の願望で書いてるんです」
「でも、人を好きになった事はあるんですよね?」
「えっと、はい、一応・・」
「俺は、正直その好きの感覚がわかりません。こんな俺を好きだと言ってくれて、付き合っている間は大事にしてたつもりですが、それではいけなかったみたいで、いつも振られるんです」
「その人の事、好きだったんじゃないんですか?例えば、可愛い、愛おしいみたいな・・・」
「それが、好きって事ですか?・・では、俺の気持ちは違ってたと思います。いい子だなとは思ったりしますが、可愛らしいとか、愛おしいとかは思った事ありません」
「そ、そうですか・・」
きっと耳がついてたら、今の健悟は耳も尻尾も項垂れているであろうと想像出来るくらい、落ち込んでいた。
「す、好きな気持ちの形は人それぞれです。ただ、側にいると気持ちが楽になるとか、何となく離れ難い相手だとか・・軽いトキメキはよくありますが、ドキドキして胸が苦しくなるくらい、恋焦がれる好きはそうそうないと思います」
健吾は薫の言葉をまっすぐ見つめながら、聞いている。こんなのがタメになるのだろうかと不安になる位、一語一句漏らさないと言わんばかりに薫をみていた。
「あの、俺、好きがどうかはまだわかりませんが、可愛らしいとか安心感とかはわかりました」
「え?そ、そうですか。俺なんかの話を理解してくれてありがとうございます」
「いえ、とてもわかりやすかったです。でも、俺、薫さんを見て思いました」
「・・・ん?な、何をですか?」
「可愛らしいとか、安心するとか。俺、薫さん見てて、話聞いて、初めて他人にそう思いました」
何を言っているんだ、こいつは・・・。健悟が話す言葉が理解できない。
「俺、やっぱり薫さんに、教えて欲しいです。何か薫さんといたらわかる気がするんです。お願いします」
頭を下げる健悟に、どうしてそうなるっ!と言い返したかったが、薫が了承するまで頭を上げない姿勢に困り果てて、俺で良ければと返事をしてしまった。
先が不安でしょうがない。どんどん深みにハマっていく気がする・・・
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