第2話でかい男の正体
本屋を出た薫は、スーパーに入り、カートを押しながらカップ麺コーナーで睨めっこしていた。
「塩・・いや、醤油・・」
1人でブツブツ呟いていると、また後ろから声を掛けられる。
「この新商品、塩がオススメですよ」
薫は体をビクッとさせながら振り返ると、また、あのでかい男が立っていた。
「驚かせてすみません。悩んでいる声が聞こえたので・・」
また、独り言を言っていたのかと恥かしくなり、すみませんと小さな声で謝る。
「謝る必要はないです。それよりカップ麺だけだと栄養が偏りますよ」
薫のカゴをチラッと横見してそう伝える。
「あ・・・忙しくて、なかなか自炊できなくて・・でも、今日は別の物も買います」
そう言うと、慌てて塩味のカップ麺を取り、別の食品棚へと向かう。
何だろうか・・まぁ、偶然、俺と同じコースで来たのだろうが、何故、やたらに声をかけてくるんだろう・・・
疑問に思いながら、薫は缶詰コーナーで幾つか商品をカゴに入れる。ふと男が言っていた言葉を思い出し、カゴを見つめる。
「締切も終わって、次のネーム出すまで余裕があるし、たまには自炊するか」
また独り言をぶつぶついいながら、今度は生肉コーナーへ向かう。
自炊と言っても薫はあまり料理が得意ではない。なので、味付けされてるお肉パックを取りカゴへ入れる。
これなら、ただ炒めるだけだし、後は惣菜コーナーで白米とサラダを買うか・・と足早に向かう。そして一通りカゴに入れてレジに並んだ。
平日の昼間だから混んでないし、買い物途中のおばちゃんに声をかけられることもない。ご機嫌の薫は、さっき声をかけられたのを忘れ、会計を済ませ、持ってきたエコバックに商品を詰める。
「自炊って缶詰ですか?」
その声にびっくりして顔を横に向けると、またあの男がいた。内心、ドキドキしながら、お肉を見せて男に答えた。
「お肉買いました・・それに、サラダも・・」
薫の手にある味付け済みのお肉を見つめ、そうですかと男は答える。
何なんだ、この男は・・・ビクビクしながらも、急いで荷物を詰め、お先に失礼しますと告げ、足早にその場をさる。
「何だ・・?こういう事もあるだろうけど、なんで声をかけてくるんだ?体格のせいもあるが、分からなくて怖い・・」
ブツブツと呟きながら、急足で帰路へと向かった。
数日後、喫茶店で佐藤とネームの打ち合わせする為に家を出た。普段は家でやるが、佐藤さん曰く、これも人と向き合う練習らしい。
カランっ・・
ドアに付いてる鈴がなる。薫は案内されるがまま、窓辺の席に着く。喫茶店なんて久しぶりだなと思いながら、アイスコーヒーを注文する。
しばらくして運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲もうとして、ストローを含む。そしてある物を見て口から噴き出した。
あの男が、窓越しに薫を見ていたからだ。
むせ返りながらテーブルを拭く。怖くて顔が上げられない。
本当に何なんだ・・・薫の頭の中はあらぬ不安でいっぱいになる。
ずっと俯いていたら、隣に人の気配を感じ、佐藤がきたのかと安堵しながら顔を上げると、薫の体は一瞬に固まる。
「あの・・すみません、いきなり。少し時間いいですか?」
男は眉を寄せ、薫を見下ろす。薫の頭の中はフル回転で、どうしたら逃げれるのかと考えている。
「ダメ・・ですか?」
黙って見上げている薫の表情に、今度は一転し眉を下げる。
その姿が何故か大型犬が構ってもらえずしょげている様に見えて、薫は思わずどうぞと答える。
「ありがとうございます。あまり手間は取らせません」
そう言って顔をほころばせ、薫の向かいに腰を下ろした。やっぱり、大型犬だ。尻尾が見える・・そう思いながら男を見ていると、男はまた眉を顰める。
「俺、人間です。尻尾はありません」
その言葉に薫は顔を真っ赤にして、すみませんと小さな声で謝る。
「いえ、大丈夫です。あの、独り言多いの、気付いてますか?」
男の指摘にさらに顔を赤らめ俯きながら、小さい声でハイと答えた。
「気を悪くしたらすみません」
男は謝罪しながら、店員に同じ物をと頼む。それから、薫の顔を見つめ、話し始めた。
「俺、
真面目な顔で言う男を薫はポカンと見つめ返す。ほぼ初対面で、親しく無い人に相談って何だ?頭の中で、?マークが駆け巡る。
「実は、先日お付き合いしてた方に振られまして、何故か毎回同じ理由で振られるんです」
「はぁ・・」
いきなりの恋愛相談を持ちかけられて、薫の頭の中は益々疑問で溢れかえっていた。
「その理由が私の事が好きなのかわからないって言うんです」
「・・・・」
「それで、友人に相談したら何か笑われて、少女漫画でも見て勉強しろって言われたんです。それで、先日お会いした時に本屋で探していたんですが、あまりにも数が多く、どれを選んでいいのかさっぱりわからないんです」
「あ、あの・・俺、恋愛相談は乗れないですよ?」
男の話の意図がわからず、薫は慌てて拒否を示す。
「あ、いえ。そこまで手を煩わしません。ただ、あなたは躊躇なく本を選んでいたので、おすすめの本とかがあれば教えてほしいと思いまして・・・」
「え?本?」
「はい。お願いできないでしょか?」
また大型犬のしょんぼり顔で楓を見つめる。
「いいんじゃないですか?」
急な声かけに見上げると佐藤が立っていた。そして、薫の隣に座り、にまりと微笑んだ。
「佐藤さん・・俺、無理です・・」
「いいえ、これは絶好のチャンスです。君、名前は何て言うの?」
怪しむような顔で佐藤を見ながら健悟は名を名乗った。
「ふむ、健悟くんね。年はいくつ?」
「19になります」
「わかっ!」
年齢を聞いた薫はびっくりして健悟を見つめる。どうみても立派な大人に見える。薫は25だが、童顔もあってか年相応に見られる事が少ない。
「19か。未成年だけど、19なら問題ないかな?」
「あの・・佐藤さん、何を言っているんですか?」
1人淡々と話を進める佐藤に、しどろもどろに問いかける。
「私は佐藤と申します。出版社の編集担当をしています」
不安げな薫を他所に、内ポケットから名刺を取り出す。健悟はそれを受け取り、マジマジと名刺を見つめる。
「そして、彼は林 薫。少女漫画の作家さんです。私が担当しています」
佐藤さん、何勝手に俺の正体を明かしてるんですか!心の中で叫びながら、佐藤を睨む。
健悟はそんな薫を見つめながら、佐藤の話に耳を傾けていた。
「彼は作品を何点か出していて、今、連載を始めて順調にプロの道を進んでいるんですが、些か人付き合いが下手でして・・」
ペラペラと薫の事情を説明していく佐藤をポカンとした表情で見つめる。
「漫画を描いていく上で、人物を描いていく上で人との関わりは必要不可欠なんです。そこでですね、健悟君。先生は少女漫画オタクでもあるので、君の要望に応えられる確信はあるんですが、その代わり、彼とお友達になってくれませんか?」
「はぁ!?」
佐藤のとんでもない提案に、薫は思わず大声を出す。
「何も誰かと引き合わすとか、親密に付き合えとはいいません。ただ、たまに連絡を取って、たまに食事をする程度でいいんです。先生も一度に大勢とか、急に親密とかはハードルが高いでしょうから。それで、もし、健悟君が本当の恋を知ってそのエピソードなんかくれちゃったりしたら、それはもう最高です」
「何言ってるんですか!!彼とはほぼ初対面なんですよ!」
「それでも、こうして先生に気さくに話しかけてくれるじゃないですか。こんな風に話しかけてもらったり、話したりするのは久しぶりじゃないですか?先生はヘタレなので、自分からは絶対話かけれませんし」
佐藤の言葉が胸にグサグサと刺さる。するとずっと黙っていた健悟が口を開く。
「俺なんかでよければ構わないです」
そう返事をしたもんだから、佐藤はノリノリでお互いの連絡先を勝手にし始める。俺はこの先、どうすればいいんだ・・薫は1人頭を悩ませていた。
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