君を想う時

颯風 こゆき

第1話運命なんてありえない

出会いはごく普通だった。

運命を感じる様な、誰かが言う電撃が走るような、ましてやドラマや漫画に出てくるような、そんな大袈裟な事ではなく、いつもと変わらない日常で出会い、染み渡る様に恋に落ちた。


「終わったぁー」

書き上げた原稿を手に達成感を味わいながら、大きな声で独り言を呟く。

ハヤシ カオル、25歳。駆け出しの漫画家だ。

中学の時に一冊の少女漫画に出会い、衝撃を受ける。

それからは少女漫画をこよなく愛し、ついには自身で漫画を描き始めたところ、ありがたい事に一本の連載を頂いた。

人気作家とまでは行かないが、それなりにファンも付いてくれてる。

編集担当の人にも恵まれ、支えてもらいながらプロになって2年目。単発な仕事をこなし、やっと連載をもらったのは半年前。

収入はまだまだ少ないものの、大好きな少女漫画を仕事にできたことに、ものすごい充実感を味わっていた。


時計を見ると朝の8時半。担当者が来るのは14時頃。携帯のアラームをセットし、雪崩れ込むように寝室のベットへダイブする。

締切前でほとんど寝てなかったため、寝付くのに時間は要らなかった。

ピピっピピっ・・・

携帯のアラームがけたたましく鳴り始める。それまでピクリとも動かなかった体がモゾモゾと動き、アラームを止める。

重い体をベットから引きづりおろし、洗面所で顔を洗う。

鏡に映る顔には隈が酷く、前髪をゴムで結んだまま寝たから、髪の毛があちこちに向いている。

「あと、30分で来るな」

時計を見ながら、コーヒーメーカのボタンを押す。ガガッという音を立てて機械がコーヒーを作り始める。

お腹が空いてるのに気づき、冷蔵庫を開けるも空っぽ。それならばカップ麺を!と戸棚を勢いよく開けるが空っぽ。

「締め切り前だったから、買い物も行ってないし、ご飯もろくに食べてなかったから気づかなかったな・・」

余程の事がない限り、担当者である佐藤は時間通りに来る。連絡もないから、あと20分ちょっとで着くはずだ。とりあえず、今は我慢して終わったら買い物に行こう。

そう決意して、出来立てのコーヒーを口にし空腹を紛らわす。

そうこうしている内に時間が来て、インターホンがなった。


「はい、確かに原稿預かりました」

何度か練り直してからの仕上げだったので、特に注意されずにスムーズに引き渡しが終わる。

バックに原稿の入った封筒を仕舞いながら、そう言えばと佐藤が振り返る。

「人気投票、少しランクが上がってましたよ」

笑顔で話す佐藤の言葉に、薫も笑顔になる。

「本当ですか!?わぁ!嬉しいです!」

「ですが!その上を目指す上でも、人付き合いを心がけてください。先生はいいお話を書くのに、心にぐさっと刺さる台詞がいまいちなんですよね」

スムーズに終わると油断させて、ズバズバっと指摘する。

「はい・・心がけてはいるんですが・・」

「いいですか?人と関わることで、その方々の様々な感情に触れることができます。それが、漫画にも活かされるんです。人間観察もいいですが、直接会話することで、想像よりたくさんの感情と触れ合えるんですよ」

「はい・・」

「林先生・・・最後に人と会話したのはいつですか?」

「えっと・・先週、スーパーで知らないおばさんに話しかけられて、商品の場所を教えた時ですかね・・」

「それは会話とはいいません。では、恋愛はどうですか?」

「高校が最後かと・・・」

佐藤は呆れ顔で深いため息をつく。それから薫をまっすぐに見つめ、口を開く。

「人間を対象に描写をしている以上、人と関わり合い、リアルティを出していかないと読者はついてきません。林先生にも何か事情がおありだと思いますが、この先も漫画家を続けていくのであれば、超えなければいけない壁ですよ」

佐藤の言葉が胸に刺さる。ごもっともな意見だ。

「ゆっくりでもいいんです。少しずつ壁を削っていけば、その内、崩れて無くなります。一緒に頑張りましょう」

優しく微笑む佐藤に勇気づけられて、その日は話を終えた。


佐藤が帰った後、のそのそとエコバックを取り出し、買い物へ向かう。

わかってるんだ。でも、どうしても臆病になってしまう。

昔はそれなりに人付き合いもできた。どちらかと言うと陽キャ寄りの人間だったはずなのに、今では引きこもりの立派な陰キャだ。

頭の中はモヤモヤで埋め尽くされるが、スーパーの2軒隣にある本屋で足をとめる。

「そう言えば、今日は吉田先生の本の発売日だ。スーパーに行く前に買っておこう」

独り言を呟く自分に気づき、辺りを見回す。誰も聞いてない事に安堵し、本屋へと入って行く。

どうも1人が多いと独り言が多くなる。気をつけなくては・・そう思いながら、少女漫画コーナーへ向かう。

コーナーの一角に人気作家さんの漫画が並ぶ。

その中から一冊、お目当ての物を手に取ると、並んでいる本を羨ましそうに眺めた。いつか自分もここに並べられる様になりたいな・・そんな想いが胸をよぎる。

「頑張ろっと」

そう自分に気合を入れ、たくさんの本が並べられている本棚を物色する。

どんな作家さんがいて、どんな漫画が並んでいるのか・・・そう、これは偵察だ。

そして、一冊の本が目に止まり手を伸ばす。

今時の本屋はそう高くない本棚を使用するが、ここの本屋は品揃えが豊富な割には店内が広くない為、本棚が高くなっている。166センチという、さほど低身長でもない薫でも一番上が届かない程の高さだ。

「これであってますか?」

不意に後ろから声をかけられ、薫が届かなかった本を簡単に取り出してくれた。

お礼を言いながら振り向くと、ばかデカイ高身長の男と目が合う。

意識すると圧倒されるその男の姿に、薫はすっかり縮こまり、軽くお辞儀をして、脇を抜けてレジへと向かう。

何となく振り返ると、男は真面目な顔をして人気コーナーの一角を見つめていた。

随分、不釣り合いな光景だな・・・

そう思いながら、薫はレジで会計を済ませ、本屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る