君を想う時
颯風 こゆき
第1話運命なんてありえない
出会いはごく普通だった。
運命を感じる様な、誰かが言う電撃が走るような、ましてやドラマや漫画に出てくるような、そんな大袈裟な事ではなく、いつもと変わらない日常で出会い、染み渡る様に恋に落ちた。
「終わったぁー」
書き上げた原稿を手に達成感を味わいながら、大きな声で独り言を呟く。
中学の時に一冊の少女漫画に出会い、衝撃を受ける。
それからは少女漫画をこよなく愛し、ついには自身で漫画を描き始めたところ、ありがたい事に一本の連載を頂いた。
人気作家とまでは行かないが、それなりにファンも付いてくれてる。
編集担当の人にも恵まれ、支えてもらいながらプロになって2年目。単発な仕事をこなし、やっと連載をもらったのは半年前。
収入はまだまだ少ないものの、大好きな少女漫画を仕事にできたことに、ものすごい充実感を味わっていた。
時計を見ると朝の8時半。担当者が来るのは14時頃。携帯のアラームをセットし、雪崩れ込むように寝室のベットへダイブする。
締切前でほとんど寝てなかったため、寝付くのに時間は要らなかった。
ピピっピピっ・・・
携帯のアラームがけたたましく鳴り始める。それまでピクリとも動かなかった体がモゾモゾと動き、アラームを止める。
重い体をベットから引きづりおろし、洗面所で顔を洗う。
鏡に映る顔には隈が酷く、前髪をゴムで結んだまま寝たから、髪の毛があちこちに向いている。
「あと、30分で来るな」
時計を見ながら、コーヒーメーカのボタンを押す。ガガッという音を立てて機械がコーヒーを作り始める。
お腹が空いてるのに気づき、冷蔵庫を開けるも空っぽ。それならばカップ麺を!と戸棚を勢いよく開けるが空っぽ。
「締め切り前だったから、買い物も行ってないし、ご飯もろくに食べてなかったから気づかなかったな・・」
余程の事がない限り、担当者である佐藤は時間通りに来る。連絡もないから、あと20分ちょっとで着くはずだ。とりあえず、今は我慢して終わったら買い物に行こう。
そう決意して、出来立てのコーヒーを口にし空腹を紛らわす。
そうこうしている内に時間が来て、インターホンがなった。
「はい、確かに原稿預かりました」
何度か練り直してからの仕上げだったので、特に注意されずにスムーズに引き渡しが終わる。
バックに原稿の入った封筒を仕舞いながら、そう言えばと佐藤が振り返る。
「人気投票、少しランクが上がってましたよ」
笑顔で話す佐藤の言葉に、薫も笑顔になる。
「本当ですか!?わぁ!嬉しいです!」
「ですが!その上を目指す上でも、人付き合いを心がけてください。先生はいいお話を書くのに、心にぐさっと刺さる台詞がいまいちなんですよね」
スムーズに終わると油断させて、ズバズバっと指摘する。
「はい・・心がけてはいるんですが・・」
「いいですか?人と関わることで、その方々の様々な感情に触れることができます。それが、漫画にも活かされるんです。人間観察もいいですが、直接会話することで、想像よりたくさんの感情と触れ合えるんですよ」
「はい・・」
「林先生・・・最後に人と会話したのはいつですか?」
「えっと・・先週、スーパーで知らないおばさんに話しかけられて、商品の場所を教えた時ですかね・・」
「それは会話とはいいません。では、恋愛はどうですか?」
「高校が最後かと・・・」
佐藤は呆れ顔で深いため息をつく。それから薫をまっすぐに見つめ、口を開く。
「人間を対象に描写をしている以上、人と関わり合い、リアルティを出していかないと読者はついてきません。林先生にも何か事情がおありだと思いますが、この先も漫画家を続けていくのであれば、超えなければいけない壁ですよ」
佐藤の言葉が胸に刺さる。ごもっともな意見だ。
「ゆっくりでもいいんです。少しずつ壁を削っていけば、その内、崩れて無くなります。一緒に頑張りましょう」
優しく微笑む佐藤に勇気づけられて、その日は話を終えた。
佐藤が帰った後、のそのそとエコバックを取り出し、買い物へ向かう。
わかってるんだ。でも、どうしても臆病になってしまう。
昔はそれなりに人付き合いもできた。どちらかと言うと陽キャ寄りの人間だったはずなのに、今では引きこもりの立派な陰キャだ。
頭の中はモヤモヤで埋め尽くされるが、スーパーの2軒隣にある本屋で足をとめる。
「そう言えば、今日は吉田先生の本の発売日だ。スーパーに行く前に買っておこう」
独り言を呟く自分に気づき、辺りを見回す。誰も聞いてない事に安堵し、本屋へと入って行く。
どうも1人が多いと独り言が多くなる。気をつけなくては・・そう思いながら、少女漫画コーナーへ向かう。
コーナーの一角に人気作家さんの漫画が並ぶ。
その中から一冊、お目当ての物を手に取ると、並んでいる本を羨ましそうに眺めた。いつか自分もここに並べられる様になりたいな・・そんな想いが胸をよぎる。
「頑張ろっと」
そう自分に気合を入れ、たくさんの本が並べられている本棚を物色する。
どんな作家さんがいて、どんな漫画が並んでいるのか・・・そう、これは偵察だ。
そして、一冊の本が目に止まり手を伸ばす。
今時の本屋はそう高くない本棚を使用するが、ここの本屋は品揃えが豊富な割には店内が広くない為、本棚が高くなっている。166センチという、さほど低身長でもない薫でも一番上が届かない程の高さだ。
「これであってますか?」
不意に後ろから声をかけられ、薫が届かなかった本を簡単に取り出してくれた。
お礼を言いながら振り向くと、ばかデカイ高身長の男と目が合う。
意識すると圧倒されるその男の姿に、薫はすっかり縮こまり、軽くお辞儀をして、脇を抜けてレジへと向かう。
何となく振り返ると、男は真面目な顔をして人気コーナーの一角を見つめていた。
随分、不釣り合いな光景だな・・・
そう思いながら、薫はレジで会計を済ませ、本屋を出た。
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