第5話 魔族の血を引く少女、エルノア
リクタスが足を止めると、先行していた少女も
「どうしたの?」
と振り返る。
リクタスは「あいつを乗っ取る」と答えた。
「え!?」
少女は怪訝そうな声を上げるが、リクタスは振り返らなかった。
説明している時間はない。
敵との距離は詰まってきている。
リクタスは人間の姿に戻ると、勢いよく跳んだ。
「グギャァ!」
バガっとミミックの頭部が開く。
血のりがこびりついた牙が乱立しているのが見えて、トラウマが蘇るが、
――やってやる!必ずコイツを自分のものにする!
気持ちを強く持って飛び込んでいく。
後ろで少女の悲鳴が上がるのが聞え、視界が暗転する。
盛大に骨が砕ける音と、全身を絞られるような痛みの中、意識は一瞬途絶する。
今度はすぐに意識が回復した。
前回同様、ぬるま湯のような空間の中に漂っている。
目の前には既に黒い渦巻があり、リクタスを呑み込もうと待ち構えている。
「スキル発動!」
鋭く叫ぶと、霊体は白く輝きだし、溢れた光は白い矢となって、黒い渦へと飛んでいく。
「うぉおおっ!!」
ステータスが高くなっていることも関係しているのか、初回よりも多くの矢ができて、渦に向かって流星雨のように降り注いだ。
黒い渦は、最初はブラックホールのように光の矢を呑み込んでいたが、それを上回るペースで撃ち込まれると、次第に白く塗りつぶされていく。
「グッ、ガアアアアッ!!!」
隈なく白い光に包まれた渦からミミックの断末魔が上がり、花火のように一気に飛び散ると、パッとリクタスの視界が変わった。
――乗っ取り成功だ。
目の前にあるのは、洞窟。
血の気の引いた顔でこちらを見つめる少女と、彼女を
リクタスが身体を動かそうとすると、少女は
「来ないでっ!」
と鋭く叫んだ。
――そっか、この姿じゃ敵にしか見えないよな。
念じると身体が縮み、元の少年の姿に戻ることができた。
「驚かせて、ごめん」
と頭を掻くと、少女は驚きに目を見開いたまま肩で息をしていたが、鑑定スキルを使うことで、目の前にいるのは、自分を救った少年であることを理解したらしく、
「ホントだよ……」
ホッと安堵した表情でヘナヘナと座り込んだ。
「でも、ありがとう。助けてくれて」
礼を言いながら、少女は微笑んだ。
「ど、どういたしまして……」
笑顔の愛らしさにリクタスは少しドキリとする。
「それにしてもすごかったね、今のそれってスキルなの?」
という少女の問いに頷く。
「うん、“喰らい返し”って言って、喰われることで逆に相手を乗っ取れるスキルなんだ」
リクタスが説明すると、少女は驚き呆れたように小さく首を振った。
「そんなスキルがあるなんてね……でも、もしダズバルがそれを知ったら、きっとキミを放っておかないだろうね。奴はとにかく強力なスキルを欲しがっているから。あぁ、ダズバルってのはさっきの男のことね」
リクタスは魔族の男のことを思い返しながら、逃げてきた道を振り返り、目を凝らした。
――奴の気配は感じねぇな……
とはいえ油断はできない。
入口で待ち伏せでもしているのだろうか?
それとも他に眷属がいて、リクタスたちを見張っているのかもしれなかった。
「あいつは何者なんだ?どうして君を狙っている?」
リクタスの問いに、少女は少しためらう様子を見せた。
そして、なぜか狼のほうに視線を投げて、しばし見つめ合っていたが、やがて意を決したようにリクタスのほうに向きなおった。
「ダズバルは“魔廷”からの命令を受けて、私を捕まえようとしているの」
「“魔廷”っていうのは魔界の中枢を担っている組織で、地上界への侵略の時には魔王の補佐をしていたの。そして魔王が倒されてからは、その後を継いで魔界を取り仕切ってる」
魔王軍が地上に進軍したのは今から20年ほど前のこと。
約5年続いた戦争は、勇者軍が魔王を打ち倒すことで決着がつき、魔族たちは魔界へと退却していった。
「でも、“魔廷”の連中はまだ地上への侵攻を諦めてない。着実に力を蓄えて、再び打って出ることを計画してる。その計画の一環として“スキル狩り”をやってるの」
「スキル狩り?」
「魔族もヒト族と同じように、本来生まれ持ってる固有スキルは一つだけ。でも、胎内にいるときにスキルを“注入”すれば、複数の固有スキルを持った子どもが生まれてくる。そうやって強力な兵士を作るつもりなのよ」
そう言って少女は目を伏せた。
「そのために奴らはこの地上で密かにスキルを集めてる……ミミックを使ってね」
「!」
なるほど、とリクタスは思った。
こんな鉱山にいきなりミミックが出現したわけが分かった。
ダンジョンや廃坑、洞窟などに意図的に放って人間達を刈り取っている、ということか。
「じゃあ、君もそのスキル狩りから逃れてきた、ってこと?」
「まぁ、半分正解、かな。狙われる理由は他にもあるの。実は私――」
少女が言いかけた時、狼が突然ヴォン!と短く吠えた。
すると少女は狼のほうを向いて首を振った。
「止めないで、カノン。ちゃんと話しておかないといけないことだから」
何のことだろう?とリクタスが訝しんでいると、少女は静かに胸に手を当ててこう言った。
「私の名はエルノア。魔王の娘なの」
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