第2話 カウンタースキル「喰らい返し」

「っ!」

 リクタスは目を覚まし、ぼんやりと暗い空間に漂っていることを認識した。


「ここはどこだ?俺は一体……」

 と思ったところで直前の光景がフラッシュバックする。


 ミミックの血まみれの口。

 頭蓋が砕かれる音。


「ぅ!おぉ、ぇっ……!」


 ショックから猛烈な吐き気が襲うが、肉体を失っている以上、吐瀉としゃ物は少しも出てこなかった。

「ハァハァ……本当に死んじまったのか?」


 全身はほのかに白く光り、ぬるま湯のような感覚に包まれている。

 痛みも何も感じない、想像よりもずっと穏やかな、死。


 すると、足元近くの空間に黒いもやがかかりはじめた。

 見る間にそれは回転を始めて、渦巻を形成する。


 渦は急に大きくなり、リクタスはそれに引き寄せられてしまう。

「っ!」

 逃れようと必死にもがくが、黒い渦に巻き込まれた足先から泡になっていく。


 そして、渦の方向からくぐもった声が聞えてきた。

「タマ、シイ……ニンゲン、ノ、タマシイ……」

――これは、ミミックの意思?


「くっ!」

 背筋が凍り、リクタスはようやく理解した。

 今の状態が“死”なのではない。

 こうして削られて消滅へと向かうことが死なのだと!


――いやだっ、死にたくないっ!!

 このままではきっと、意識も記憶も消えていく。

 こんな訳の分からないところで消えていくなんて嫌だ!

 

「助けてっ、助けてくれっ!」

 叫んだところで無駄だと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。

 リクタスをあざ笑うかのように、黒い渦からは低い嗤い声が聞えてくる。


 すると、頭の中にパッと画面がポップアップして、文字が浮かび上がった。

「……“喰らい返し”?」

――もしかして、俺のスキル?……よくわからないけど、とにかくやるしかない!


 藁にもすがる思いでリクタスが念じると、文字は白く反転し、全身を包む光が強くなった。


 白い光は直視できないほどに輝き、やがて、コップから溢れる水のようにリクタスの霊体から流れ出す。

 その光は、矢のような形に変化して黒い渦に突き刺さった!


「グ?」

 最初は不審げな声を出した渦だが、次々と光の矢が刺さり始めると、


「ナンダ、コレハ!」

 焦った声を出し始める。


――“攻撃”が効き始めてる?

 固唾を飲んで見つめていると、渦は大きく伸び縮みを始め、


「グ……オオオオオ!」

 身の毛のよだつような咆哮を上げて、リクタスへと触手の群れを伸ばしてきた。


「うっ、ああああああああああっ!!!」

 リクタスが必死に叫ぶと、流星のような矢がシャワーとなって、渦へと降り注いだ。


――生き残りたいっ、絶対に!!

 声が枯れるまで叫ぶと、全身の光は極限まで強くなり、リクタス自身の視界を白く塗りつぶした。


「……はっ?」

 再び意識が飛んでいたのだろうか。

気が付くと、仄かに光る洞窟の中に戻っていた。


「生き、てる?」

だが、生還を喜ぶより先に、身体の違和感に気がつく。


思わず自分の腕を見て、仰天した。

「うっ、ああああっ!?」

 

そこにあるのは、長さ2メートル以上のもの。

「えっ、えっ!?」

 足も胴も、見覚えのある怪物のソレだ。

「まさか……!」


 はっと自分の“顔”に手をやると、硬い木箱の感触。

「―――!!!」


 自分がミミックになってしまったことに気づいたリクタスは、今度こそ盛大に吐き戻した。


――くそっ、どうすんだよこれっ!


 化け物になったことにショックを受けている頭の中に、再びスキル画面が浮かび上がった。

『喰らい返し』の下に新たなスキルが表示されている。

『擬態』


――そうか、そもそもミミックは擬態して獲物を狙う生き物だ。だったら、人間の姿に、できるかもしれない!

 リクタスは擬態スキルを発動させながら、生前の自分の姿を思い浮かべる。


――戻れ戻れ戻れ……!

 集中していると、砂のように自分の身体が変化するのが分かった。

 やがて変化のスピードが収まると、リクタスは自分の身体を取り戻していた。

 

「ふぅ、なんとか戻れた……!」

 自分の身体を隅々までなで回してから、リクタスは安堵の息をついた。

 

 途端にぐぅ、と腹が鳴る。

 体の外も内も人間になれたようだ。


「……にしても、裸、なんだよなぁ」

ミミックが腰に巻いていたボロ布が、身体が縮んだのに合わせてサイズダウンしたおかげで、リクタスの大事な部分は隠せているが、みすぼらしいことこの上無い。


 別に誰かが見ているわけでもないから、不自由はないが、思わず辺りを見回してしまう。


 すると、少し離れた所に転がっている“何か”を見つけた。

「これは、俺の……!」


 そこにあったのは、首をなくした自分の死体だった。

 複雑な思いで、リクタスはそれを見つめる。


「喰らい返し、か」

 自分を喰らった相手を逆に乗っ取る……とんでもないスキルが自分の中に眠っていたものだ、と思う。


「ったく、スキルがあるならあるで、最初からわかってりゃ良かったのに……あ、でも、死なないと発動しないスキルなんて、あんまり試してみようとは思わねぇか」


 スキルの成功は絶対ではない。

 まして初回で成功する確率は低い、という話だ。

 普通のスキルなら、何度でも試せばいいだけだが、化け物に喰われること前提のスキルなんて、失敗すればそのまま死んでしまうわけで、それでは意味がない。


――まぁ、成功したんだから結果オーライだけど。


 ともかく、と思い直す。

「自分の服なんだから、追い剥ぎ、じゃねぇよな?」


 自分の遺体を持ち上げて脱がそうとして、

「あれ、軽い?」

と気づく。


――いや、違う。俺の力が強くなったんだ!

 


急いでステータス画面を開いて、

「すげぇ……!」

 リクタスは目を見張った。


 全ての数値が元の100倍以上になっていたからだ。

 リクタスが人間だったときのステータスも記録として残っていて、それと比較すると一目瞭然である。


 ミミックになる前は以下の通り。

 

 種族 :人間

 レベル:8


 生命力:24/24

 魔力 :15/15

 りょ力 :47

 知力 :21

 耐久 :48

 技能 :31

 持久 :58


 肉体労働をしていたおかげで膂力(筋力)や持久力は一般成人並みにあるとはいえ、勿論常人の範囲内であった。それが、ミミックになると――


 種族 :ミミック(人化状態)

 レベル:27


 生命力:3520/3520

魔力 :2138/2138

 膂力 :4407

知力 :2733

 耐久 :5115

 技能 :3691

 持久 :6442


 あまりの違いに呆然と数字を眺めていると、その画面の下にうっすらと別の画面が透けて見えた。


「なんだ?」

 と画面を入れ替えると、そこには見たことのない人間のデータが記されていた。


「ギリアム=ウォーバーグ、年齢28、クラス:剣士……?」

 その下にも別の人間のプロフィールが載った画面がある。


 それらを次々と繰っていくと、老若男女様々なプロフィールが出てくる。中には獣人のような他種族のものもあった。


「これは一体?」

 と思ううちに、画面の共通点に気づく。

「この人たち、みんな死んでる!?」


 全てのプロフィールには死亡年月日が記されていた。

 最も、年については、現在の大陸で使用されている暦とは違う物のようだが……


 どうやら、ミミックが捕食した者たちの情報が記録として残っているらしい。

 さらによく見ると、彼らが持っていたスキルの文字がうっすらと光っている。


「“三連斬”っていうのは武技スキルで、“突撃強化”はバフスキルか……」

 思わず手を伸ばしてスキルの文字に触れると、さらにポップアップが出てきた。


 スキルの複写を行うか?

  Yes     No


「え!?」と思わず声が出る。

「そんなことまで、できるのか!?」

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