喰われて始まる成り上がり~魔物に喰 われたけれど、隠れスキルが発動して乗っ取れた俺、大切な人を守るためには魔王にだってなります!?~

まめまめあいす

第1話 盗掘

「ハァ、ハァ」

額の汗をぬぐいながら、リクタスは坑道を歩いている。


背負った籠には山積みの鉱石くず。

 両手に下げた袋にもぎっちりと石が詰め込まれ、腰には5本のつるはしが吊るされている。


それに対して、彼の前を歩く4人の少年たちの籠は軽く、それぞれ質の良い鉱石だけが入っている。


悠々と歩く少年たちの後を、リクタスは遅れまいと足を進めていた。


◇ ◇ ◇


3時間ほど前。

リクタスたち少年奴隷は、主人であるヴィゴンに連れられて、この廃鉱山に来ていた。


「よし、準備は良いかお前たち!」

 ヴィゴンの声が洞窟に響き渡る。


「今から各班ごとに指定した坑道に入り、可能な限り鉱石を採集しろ!最低ノルマは金額にして5000ブラン相当だ!制限時間は5時間。それまでに戻らない場合は失踪したものとみなし、救出などは一切行わない!それでは……行けっ!!」

「はいっ!」


 主人の号令とともに、少年奴隷たちは籠を背負い、4~5人ごとのパーティをつくって、枝分かれした坑道へと入った。


 ここは、リコリアス王国辺境に位置する廃鉱山。

 すっかり寂れて人目が届きにくいことから、少年たちは無許可の掘削、つまり盗掘を命じられ、坑道に潜らされていた。


◇ ◇ ◇


「ったく。ヴィゴンの野郎、人使いが荒いぜ!今月だけでもう3回目の潜入じゃねぇか」

「何回掘ったって、このあたりじゃほとんど屑石だってのにな」


 採掘を終えて帰る途中、少年たちは監視の目が届かないのをいいことに、主人への愚痴を口にする。


「しゃーねーだろ。アイツは娘を社交界に入れたがってるからな。サロンデビューの口利きをしてくれる貴族サマへ献金するには、いくらカネがあっても足んねぇんだろ」

 とリーダー格の少年が言う。


 ヴィゴンの末娘、プリシラは今年15歳。

 彼女を社交界に入れ、青年貴族に嫁がせることで、貴族の縁戚に成り上がることが、老い先短い宝石商ヴィゴンの最後の野望であるらしい。


「あ、プリシラ様と言えばよ、この前久しぶりにお見かけしたら、めちゃめちゃキレーになってんのな!」

「へぇ」

「おまけに胸もデカくなってるし!」

「マジかよ!」


 俄かに盛り上がる仲間たちを、リーダーが窘める。

「噂話も大概にしとけよ。もしそんな話がヴィゴンの耳に入ってみろ、半殺しじゃすまねぇぞ」


 娘に対して、奴隷ごときが性的な興味を持っていると知れば、ヴィゴンはきっと容赦しないだろう。


「大丈夫だって。いざとなりゃリクタスが言い出したってことにすりゃいい」


「!?」

 急に自分の名前が出てきて、それまで黙っていたリクタスはビクっとした。


 その瞬間、僅かにバランスを崩し、背負った籠から鉱石くずがこぼれると、少年たちは振り返って、呆れたような声を出した。


「は?何コイツ?勝手に人の話立ち聞きしてやんの」

「マジか、ゴミムシの分際でよぉ!」


「あーぁ、ったく。せっかく俺たちがくれてやった石を落としてんじゃねぇよ!」

 そう言って少年の一人は近づくと、籠から零れた石を拾ってリクタスに投げつけた。


「っ!す、すみません」

 石が当たった腕に鋭い痛みを感じながら、リクタスは頭を下げる。


――くれてやったも何も、ほとんど価値のない屑石を俺に押し付けてるだけじゃねぇか!

 と唇を噛む。


 リクタスが苦労して掘り出した品質の高い鉱石は全部、彼らに奪われてしまった。

 だから仕方なく、どれだけ重かろうとも、ヴィゴンに課せられたノルマを達成するために屑石を運んでいるのだ。


「おいおい、しっかり受け取れよ、先輩が拾ってくださったんだからよぉ」

 別の少年もやって来ると、拾った石をリクタスの口に押し付ける。

「オラ、口ン中に入れりゃ、落っことさねぇだろぉ?」


「っ!」

 リクタスが口を閉じたままでいると、別の少年は腰に下げた剣を抜いて、

「さっさと口開けっ!」

 と脅してきた。


 仕方なく口を開くと、中に石を押し込まれた。


「あぁ、良かったねぇリクタス君。ほら、お礼は?」

「あ、あひはほうほはいはふ」

 両手が塞がっているため、石をほおばったまま返事をする。


「ケケッ、もっとちゃんと喋れ、よっ!!」

 別の少年が、拳をリクタスの頬に叩き込んできた。

「ぐっ!」


 痛みと振動で思わずうずくまると、籠の中身がバラバラと零れ落ちた。


「ギャハハハ!」

「あーぁ、やっちまったなぁ!」


 笑い転げる少年たちに、

「もう行くぞ」

 リーダーが声を掛ける。


「へいへい」

 と、少年たちは満足げな顔で、リクタスを放って再び歩き出す。


「うぅ……」

 口を開いて石を吐き出すと、歯は欠け、口中血だらけになっていた。


――くっそぅ……!

 怒りと悔しさを抱えながら、リクタスは籠を下ろした。

 そして、チカチカと明滅する照明の下、必死で屑石を拾い始めた。


 ヴィゴンの元に売られてきて1年。

 少年奴隷グループの中で、リクタスは最下位に位置付けられていた。

 

 それは彼がまだ11歳であるから、というだけではない。

 リクタスが固有ユニークスキルを全く持っていないことが最大の原因だった。


 戦闘スキルはおろか、鑑定や創作系もなく、どんな小さな加護や祝福も受けていない。

 そんな”木偶でくの坊”がいじめのターゲットになるのに時間はかからなかった。


――ったく、戦闘スキルがあるからって調子に乗りやがって!

 リクタスは恨みがましい目で、歩き去っていく背中を見つめる。


 自分にもスキルがあれば……今まで何千、何万回と抱いてきた願望が胸に湧き上がる。


 だが、すぐに首を振ってその思いを打ち消した。


――ないものねだりしたって仕方ねぇ。スキルがどうとかそんなの関係ないくらいに   

 強くなってやるんだ!


石を拾い終えたリクタスは、深呼吸して再び歩き出す。


 すると、

「うぁあああぁっ!!」という叫び声が聞こえた。


 ハッと顔を上げると、少年奴隷たちがこちらへと駆け戻ってくるのが見えた。


「えっ!?」

 驚くリクタスの眼に、さらに信じられない光景が飛び込んできた。


血相を変えて走って来る少年たちの、後ろに迫る異形の影。

人間の5倍以上の長さの手足を素早く動かしてやってきた四つん這いの化け物。


その頭は大きな宝箱の形をしている。

――まさか、ミミック!?


 どうしてこんな高難度モンスターが坑道にいるんだ!?と信じられない気持ちでいると、


 ザッと風が駆け抜ける音と共に、足首に痛みが走った。

「っ……!」


急に視界が揺らぎ、足元から鮮血が噴き出すのが見える。

「え?」


 盛大に転んでから、リクタスは足を切られたのだと理解した。

 斬撃を飛ばすスキルを使ったのだろう、剣を持った少年が横を駆け抜けていった。


「待っ――」

 混乱したまま、仲間たちへ手を伸ばそうとして、背後に生々しい息吹を感じる。


 首だけで振り向けば、全開になった宝箱の中に、鋭く並んだ歯が見える。

「――!」

 悲鳴を上げる暇もなく、バギリと何かが砕かれる音が、リクタスの意識の底に響いた。


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