第17話 回復(リハビリ)16 ネットスーパー
「……うむ、風邪っぽい」
朝の七時。
とりあえず、変なウイルスではないかと使ってみた検査キットでは陰性だった。薬子は安堵の息を吐く。やはりこの前、変な姿勢で寝たのが悪かったか。
熱もたいしたことなく、鼻が詰まっているだけだから風邪だろう。閉じこもって大人しくしているしかない。受診して苦しいと騒ぐほどの症状でもないのだから。
今日は土曜日。行きたいところもあったが、諦めた。残念だが、他の人にうつしてしまうわけにはいかない。
薬子はまず冷蔵庫に向かう。自分で作った氷入りのスポーツドリンクをがばがば飲み、汗を少しかく。すると少し、眠れるような気がしてきた。
眠って体力を回復するのは、生き物の基本。次に目が覚めたら、きっと汗もかいていて、いつもの体調に戻っているだろう。
……と、思ったのだが。
「うう、眠れない……」
薬子は布団をつかんで起き上がり、視線を時計にやった。午前十一時。昼には早くて朝には遅い、中途半端な時間だ。立ち上がってぼんやり外を見ると、道行く人々が傘をさしている。
薬子は冷蔵庫の中を見て、不満の声をもらした。
「今、カレーやシチューの気分じゃないんだよなあ……」
最寄りのコンビニまでは五分もかからない。お粥やゼリーくらいなら、きっとそこにあるだろう。しかし、体がだるくて鼻が詰まっている薬子は、家から一歩も出たくなかった。
「……あれってどうなんだろう」
力が入らない足で再びベッドに横たわり、スマホを見つめる。いつもよりだいぶゆっくりと「ネットスーパー」と文字を入力した。
「今なら、午後最後の配達にまだ間に合う……」
前に、ウイルスで発熱し動けなかった人から聞いたことがあったのだ。玄関先まで届けてくれるから便利よ、クレジットカード決済なら顔も合わせなくていいし、と彼女は言っていた。まさかその知識が、自分にも役に立つとは思わなかった。
動けなくても、指先でクリックするだけで籠に商品が入っていく。お粥、鍋の素に野菜。エネルギー補給ゼリーに果物を少し。
それを終えると、薬子はもう起き上がりもせず再び目を閉じた。
次に目を開いた時には、もう夕方になっていた。しばし記憶がないから、眠っていたのだろう。息苦しいことには変わりないが、体は休息を欲していたらしい。
「あ、もうすぐ配達の時間だ……」
それまでに起きられてよかった。生鮮食品もあるので、キャンセルしたらお店にも悪い。
本当に来るのだろうか。薬子がまだ疑っていると、静寂を切り裂くように呼び出しのベルが鳴った。
「アサヒスーパーです。お届けに参りました」
「すみません、体調が悪いので扉の前に置いてもらえますか?」
「わかりました」
扉の向こうから男性の声がした。ややあって、ガサガサとビニールがこすれる音がする。
「ありがとうございました。これで失礼します」
しばらく様子を見ていた薬子は、物音が聞こえなくなってからよろよろと玄関を開けた。ビニール袋が二つ、その下に明細書が敷いてある。配達人は音もなく静かに帰ったようだ。
薬子は袋を見つめた。冷凍品とそれ以外で、ちゃんと袋が分かれている。当たり前だが、冷凍品もちゃんと凍ったままだ。
問題は生鮮食品だった。店だと自分で選べるが、今回はそうはいかない。割れたり古くなっていたりしたら嫌だな、と思いながら薬子は袋を開けた。
「あ……大丈夫そう」
思っていたよりキレイな林檎と白菜が入っていて、薬子はほっとした。豆腐も崩れていない。ネットスーパー、割高ではあるが、非常時の手段としては十分使えるものだ。普段は近いスーパーを利用するが、困ったらまた頼ろう。
一刻も早くビタミンがとりたかった薬子は、林檎を適当に切って、おろし金でおろす。
「一日一個の林檎で医者いらず……」
誰が言った言葉だったか。薬子は思い出せないまま、林檎のすりおろしをすすった。小さい頃風邪を引くと作ってもらったため、懐かしい味がした。
すっかりばてていた体も、ビタミンが入るとしゃっきりする気がする。それから豆腐と白菜を適当に煮て鍋の素を入れただけの簡単鍋も作った。
「はあー……」
食べると自然に声が出た。出汁の旨みが風邪の体にしみ、一旦食べ出したら止まらない。気づけば、薬子はおじやまで完食してしまっていた。
暖かいものを食べて汗をかくのは、やはりいい。心持ち、鼻も楽になってきた。
遅くなったが、風呂に入ってさっぱりして、もう一度寝直そう。風邪は万病のもと、早く治してしまわないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます