第15話 回復(リハビリ)14 仕送り

「で、最近は何をしてるの?」


 薬子やくこは、電話口で法子ほうこと会話していた。一番聞きたくなかった言葉が、法子の口からこぼれる。


 薬子は泣きそうになるのをぐっとこらえて言う。


「何って。今までと同じく、仕事ばっかりだよ。最近また、新しく担当の人が増えてさ」


 本来そうなるはずだった、でもならなかった未来のことを薬子は語る。少しでも疑念を抱かれないように、詳細に。間違いは許されなかった。


 幸い法子は、疑問を抱いた様子なく話を変える。


「そうそう。この前こっちでもお米を買ってね。たくさんあるから、五キロくらい送ろうか?」


 その倍くらいでもいいよ、という言葉を、薬子は理性で飲みこんだ。元手ゼロで入る米など夢のようだが、かといってがっつくと気取られる。


「うん、それくらいならいいよ」

「来年には帰ってこられるといいわね。薬子が使ってた大学の参考書とか、いい加減に捨ててしまいたいから……一緒に確認してほしいのよ」

「そ、そうだね。またいつか」


 薬子ははぐらかした。母とずっと一緒に居て、ごまかし通せる自信が今はない。荷物をとれる日を法子に教えて、薬子はようやく電話を切った。


 電話を強く握っていたため、指先が少し白くなっていた。その手をなだめながら、薬子は雨の中買い物に出て行く。


「米があるなら、これとこれを」


 頭の中でレシピを組み立てて、必要な品を買う。米に回す分が浮いたので、肉や魚を余計に買うことが出来た。貧相だった冷凍庫が、ストックで少しましになる。


 そしてそれから一週間ほどした、土曜日の夜。待ち望んだ荷物が届いた。


 段ボールのガムテープを外してまず目に入るのは、立派な袋に入ったコシヒカリ五キロ。安い米を買っていた薬子には、贅沢すぎる。


 実家の時はこれが当たり前だと思っていたが、世の中にはそうではない米もたくさんあるのだと、最近ようやく知った。──安い外食の店だと、何年前のだかわからない味がする米をけっこう使っている。


 久しぶりのコシヒカリ。しかも新米。これがありがたくないわけがない。薬子の口元に笑みが浮かんだ。


「天の恵み……ありがたくいただきます」


 感謝しながら、米を野菜室に移す。袋を逆さに振って、最後の一粒まできっちり米びつに入れた。


 薬子はどんどん残りの物も箱から出していく。米の横にも色々入っていた。カレールーにパスタソース、後は肉や魚にかけるだけで一品出来る混合調味料。これと冷蔵庫の食品を組み合わせれば、心配していた食費もだいぶ浮く。今月は年金の請求があって大変だったが、これならなんとか赤字を出さずにすみそうだ。


 薬子は笑いが止まらなかったが、ふと真顔になる。忙しいと言っているのに、自炊に使うような食材ばかり。こちらの状況を知っているのでは、と思いたくなるチョイスだった。


 薬子は悩んだ。実家に戻ったほうがいいんだろうか。少なくとも、相談してみたほうがいいんだろうか。しかし、やはりできないと思い直す。嘘を明かすのは、再就職が決まってからだ。


 段ボールをたたもうと薬子が手を伸ばすと、底に封筒が挟まっているのに気づいた。それを開けてみると、商品券と手紙が入っていた。


『少し早いけれど、クリスマスプレゼントです。まだまだ世の中は落ち着きませんが、欲しいものでも買いなさい』


 さらに手紙の先を読む。


『あなたなら大丈夫だと思いますが、困ったことがあれば相談しなさい。足りなければまた送ります』


 薬子は何度も手紙を読んで、無理矢理に息を吐く。


 ……きっと、他意はないのだろう。薬子は無理矢理にそう思うことにした。脳裏に浮かんだ母の顔も、頭を振って強引に追い払う。


「三十越えて実家の世話になる私って一体……」


 そんなのは日本で自分だけではないのか。自己嫌悪の波が押し寄せてきて、薬子はしばしうつむいていた。負け犬、ニートという世間の風当たりが強い称号を二つも持っていることを思い出したのだ。


「……せめてニートのほうだけでも、解消しないとなあ」


 たいそうな職でなくていいからとは思うが、またすぐ辞めては同じことの繰り返しだ。薬子は頬杖をつきながら、肩が痛くなるまでパソコンを見ていた。


 翌日、変な姿勢で固まった背中がバキバキに痛くなり、薬子は一日寝込んだ。

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