第14話 回復(リハビリ)13 社会人サークル

 ふさぎ込んでいても仕方無い、と思うのだが、どうしても白衣を見ると前の職場の記憶が蘇ってしまう。募集の詳細を読むことが、まだまともにできなかった。


 それでも少しは人と触れ合っていたいという思いが残っているのだから、人間とは変な生き物だ。だからせめて趣味の範囲ででも、交流の場に出なければと思ったのだが──。


 社会サークルの一つ。バーベキューグリルを囲んで、ビール片手に満面の笑みを浮かべる若い男女。


「うーん、近寄りがたい雰囲気……」


 薬子やくこは困惑しながらページを閉じた。深く考えなくても、体が拒否反応を示している。学生時代、こういうノリになじめなくてずいぶん陰口を言われたものだ。お金を払ってまで、そんな思いは絶対にしたくない。


 しかし溢れているサークルは大体そんなもので、薬子が行ったとしても下手な愛想笑いをするしかできないのが目に見えていた。そうじゃなかったら何かの勧誘で、猫なで声の奴が出てきたりして──


 実際に入っている人から話を聞ければいいが、そんな知り合いも思い当たらない。


「学校って、今から思えばいいシステムだったなあ……」


 ただ通っていれば人との会話がある、仲良くなれる可能性がある。そういう場があることが幸運だったことに、気づかないままここまできてしまった。社会人になって年数がたつほど、そういう機会からは遠ざかっていく。後悔にかられた薬子は結局検索の手を止めて、その夜は眠ってしまった。


 一週間たっても厳しい状況の薬子だったが、願いは思わぬ形で叶った。


 茶髪に、ゆるく毛先がカールしたボブカット。見覚えのある顔が、サークルの代表としてのっている。それをたまたま見つけたのだ。


「わ! webで活動再開してたんだ!」


 そのページを作っていたのは、ある読書会サークルだった。皆が本を持ち寄るのではなく、開催者が選んだ一冊を全員が読んで、感想を述べあう形式の読書会を行っていた。


「相手の意見を否定しない」ことを会則でかかげているため、初心者でもベテランでも参加しやすかった。今でも、そのルールは記載されている。


 しばらく参加していなかったが、会の様子ならわかっている。全く知らないところより、格段に話がしやすい。惨めな思いもしなくてよさそうだ。


 渡りに船と、薬子は登録を始めた。やはりタダとはいかず、月三千円ほどかかったが、それはなんとか光熱費と食費をやりくりして済ませることにした。


 画面の指示に従って登録を済ませ、メンバーに入って調べてみると、主催として懐かしい名前がいくつも並んでいた。まるで失った時間を取り戻せたようで、薬子は笑う。


『お久しぶりです! 数年前によく参加していた薬子です。覚えてますか?』


 しばらくして、主催の一人から返信があった。


『わー、薬子さん久しぶり! またよろしくお願いしますね!』


 見捨てられていない、まだ切り離されていない。その感覚が、薬子の胸を熱くした。


 それからしばらくは、知り合いと思われる人を探してメッセージを送り、また趣味が似ていそうな人をフォローするのに忙しかった。


「よし、だいたいこれでいいかな」


 使い方は徐々に覚えていけばいい。皆が使いやすいようにしてあるのだから、薬子だって追いつけるはずだ。


 薬子はトップページへ戻る。すると、さっきまでなかった記事の一覧が表示されていた。ずいぶんたくさんあって、見出しの画像もカラフルだ。


「これ、全部個人のブログなんだ」


 全員が自分の好きなことを発信している。読書会の感想だったり、買った本の報告をしているものもあるが、今日やったマラソンの記録や好きなお菓子など、読書に全く関係ない物も多かった。


「はは、面白い」


 色々な画像を見ながら、薬子はブログを読み進める。すると、今度は自分で書いてみたくなった。自分が感じたこと。好きな物。本当に、色々なことを。


「誰かに向けて何かを書くなんて、久しぶりだけど……」


 でも、できるような気がした。親しい誰かへ、手紙を送るような気持ちで。


 薬子は深呼吸して、最初のブログを打ち出し始めた。


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