第10話 回復(リハビリ)9 紙フェス

 前日たっぷりと歩いた後だったため、寝たいだけ寝て、薬子やくこは目を覚ました。それでも早めに寝たからか、夜明け前の朝五時に目が覚める。


 昨日作っておいた、切った野菜が入った味噌汁をすする。まだ明らかな効果は出ていないが、野菜を多めに取る食生活は続けていた。食事を終えて使った食器を洗い終わると、朝日がのぼり始めていた。


 窓を開ける。薬子は日射しの中で伸びをした。天気予報によるとまだうららかな気候が続き、今日もお出かけ日和になりそうだ。


 スマホで、今日行われるイベントを検索する。タウン誌や市の広報が、日付さえ入れれば開催イベントを表示してくれるサイトを持っているので、それを使った。


「紙フェス?」


 音楽イベントなら飛ばそうかな、と思っていた薬子は、顔を画面に近づけた。しかしどうも、調べてみると紙関係の製品を売る即売会のようなのだ。


「即売会かあ……」


 薬子には苦い思い出がある。買い物が出来ると喜んで行ってみたら、ただの展示会で新製品を見るだけ、という会がこの前あったのだ。


「ま、詳しくは行ってみたらわかるでしょ」


 会場に飛び込むときの緊張感も、だいぶ薄れた。場所もさほど遠くないし、入場料無料なのだから、いまいちだったらすぐ帰ってくればいいのだ。


 身支度をして街へ出る。休みだからか、バスはほぼ満席だった。かろうじて見つけた空席に身をねじこみ、薬子は息をつく。十分ほどバスで急な坂を登ると、目的地に着いた。


 古い小学校を改装して観光施設にしたもので、現在二十ほどの店舗が入っている。 小学校だったときの面影はかなり残っており、校門などは完全にそのままだ。真面目に学校に通っていた時が懐かしくて、薬子は思わずそれを写真にとる。


 各店舗は大きくても十畳弱といったところか。小さく区切られたもと教室の前を通って三階まで階段を上がると、イベント会場が見えてきた。


 今回は、大小合わせて四十のブースが並んでいる。ブースは十ずつに分けられ、各自机を合わせて島を作っていた。ひとつの島にひとつのテーマというわけではなく、ただ紙を売っているところから、凝った小物があるところまで雑多に並んでいる。


 とりあえず単なる展示会ではないようで、薬子はほっとした。ややこしいことは考えず、端から順番に見ていく。


「いらっしゃいませ!」


 眼鏡をかけた女性が薬子に微笑みかける。女性が座っているブースをのぞきこむと、様々なノートが並べて置いてあった。その間には、こまごまとした一筆箋も見える。


 どこといって変わったところはないように思えたが、あるPOPに薬子の目がとまった。


「竹の紙?」

「珍しいでしょう? 竹からも紙ができるんですよ」


 尋ねた薬子に、女性は嬉しそうに答えた。


「へえ。なんでわざわざ竹から?」


 竹は植物だから紙にはできそうだが、固くてあまり製紙には向かなそうだ。


「実は、竹は成長が早いので、放っておくと森林を圧迫してしまいます。森林のためには切ってしまわないといけないんですが、それが余ってしまって。地元の方からなんとか少しでも竹を有効に利用できないか──と訴えがあって、この取り組みが始まったんです」


 薬子は納得してうなずいた。


「普通の紙と全く同じなんですか?」

「全く同じというわけにはいきません。どうしても、表面にわずかな凹凸はあります。でも、それで印刷するととっても柔らかい印象になるって、作家さんには好評なんですよ。普通の方がボールペンとかで筆記するには、なんの問題もありませんし」


 そういえば、家計簿にしていたノートがそろそろ終わりそうだった。薬子はシンプルな装丁のノートを一冊買い求めた。そこで女性が他の客と世間話を始めたので、薬子はそこから離れた。


 隣のブースは付箋、さらに隣はぽち袋。店をのぞく度に欲しい物が増えるのは、イベントのお約束だ。うろうろと視線をさまよわせながら奥へ行くと、商店街にあるようなガラガラ抽選器が置いてあった。


「一回三百円、空くじなしですよ~。いかがですか?」


 明るい声で茶髪の男性が言う。


「えっと……」


 薬子は財布を確認した。小銭はたくさんあったので、試しに一回ひいてみることにする。期待は最初からしていない。


「まあ、こういうの当たった試しがないんですけどね」


 引く前に自嘲する。今までこういうクジは、だいたい参加賞のティッシュか小さなお菓子。やっと当たってマスクケースくらいだ。


 薬子は茶色いハンドルをつかみ、抽選器を回す。やや間があって、薄い水色の玉が転がり出てきた。それを見た男性が、傍らにあったハンドベルを鳴らす。


「おめでとうございます、一等です」

「やった!!」


 薬子は喜びすぎて、男性が笑いをかみ殺しているのに気づくのが遅れた。


 鳴らしたベルの音に釣られて、人が集まってきた。すごいわね、と声をかけられて薬子は赤くなった。慌てて口元を隠す。


「……で、景品はなんでしたっけ?」


 薬子が聞くと、男性はきょとんとした顔になってから、また笑った。


「今回出店されたメーカーさんが提供してくださった、スペシャルアイテムです。この中から一つ、お好きな物をどうぞ」


 なんだか悪いような気がしたが、こんなことは二度と無いだろう。──いや、自分にも少しは運が向いてきたということか。


 スペシャルアイテムは内容もさまざまだった。ノートや筆記具、マスキングテープのセット、包装されてタイトルはわからないが、本らしきものもある。薬子は結局、可愛いからということでマスキングテープのセットを選んだ。


「今日はいい日だ」


 薬子は愉快な気分で会場をそぞろ歩く。店の数は前のイベントより多くないため、一時間弱で全ての店を見回った。


「後は、体験ブースか……」


 体験ブースは、会場の右端の方にまとめて設置してある。


 切り絵やペイントなど良くあるものから、薬子が聞いたこともない珍しい名前のものまで様々だ。体験に参加している人々は、楽しそうにインクをつけてスタンプを押したり、はさみで切り絵を作ったりしている。子供連ればかりかと思ったが、意外にカップルや大人だけの組もいた。


 その中で、薬子はある単語に目がとまった。


「ゼンタングル?」

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