第8話 回復(リハビリ)7 冷蔵庫そうじ
だらだらと寝ていた
引きこもっているこの部屋は静かだ。薬子が出向かなければ、外からやってきて感情をかき乱すものは何もない。自分から動かない限り、この状況がいつまでも続くのだ。
いつかはこの状態に飽きるのだろうか。単発の派遣ででも、働くべきだろうか。そう考えながら、寝返りを大きくうって立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
つましい生活ながら、食材のストックはたくさんある。……まあ、ストックとは言えない、前に買った物の残りだが。パスタソースが特にたくさん見つかったが、パスタがないのがお笑いである。パスタが節約にいいと聞いて試したが、途中で飽きてしまったのだ。
「真面目に料理してなかった証拠だよね。……賞味期限ヤバそう」
案の定、ソースはどれもこれもかなり前のもの、最も古い物の賞味期限は一年前に切れていた。捨てるのももったいないので、早々に食べてしまわねばならない。
今日のミッション、冷蔵庫の掃除。薬子は腰に手を当てて、そう思った。
「でもなあ……」
これだけ買っておいて、調理しなかった原因は薄々分かっている。パスタを茹でるのが嫌いだったのだ。ただでさえ鍋やフライパンは大きくて洗うのが面倒なのに、パスタを作ると麺・ソースと二つも洗い物ができてしまう。まな板と包丁も使えば、それだけで流しはいっぱいだ。
「なんかもっと簡単に消費する方法、ないかな?」
白米ならあるが、単純に混ぜて食べたら味が濃すぎないだろうか。少し考えて、薬子はネットを開いた。
「こういう時は集合知に頼る」
努力するより検索した方が早い、という怠け心を体のいい言い訳でごまかしながら、薬子はネットで検索をかけた。
すると、程なくして薬子のわがままを叶えるサイトが見つかる。
「すごいなー、感謝だわ」
薬子は早々にサイトに全頼りし、メモを取る。外は寒くて出前をとってしまいたくなったが、自分をしかりつけてなんとかスーパーまで走って行く。雨のせいか体が重く、息が切れた。
家に帰ってくると、薬子は心底ほっとする。ばたばたと買ってきた荷をほどいた。
安かった豚こま。これは一人分ずつラップでくるんで冷凍しておく。あとは小口葱と──冷凍うどん。買い足りない物はなかった。
まず葱と豚肉をフライパンに入れ、豚肉の色が変わるまで黙々と混ぜながら炒める。大方色が変わったところで火を弱めて目を離し、うどんの袋をひっくり返して説明を再度確認する。
「内袋のままお皿に載せて、そのまま三分……」
鍋を出して洗うより断然簡単だ。皿も、最後に食べるためのものと兼用すれば洗い物も増えない。
電子レンジの扉をあけ、うどんの様子を見た。少し加熱しすぎで白くなってしまった部分があるが、大半はつやつやとしてとても美味しそうだ。蒸気に気をつけて内袋から麺を出し、パスタソースと具の中にばさっとその麺を投入する。茹でた麺を切るザルすらいらない簡単さだった。
もう具にはあらかた火が通っていたので、軽く炒め合わせたら薬子は鍋をコンロから下ろした。
料理を皿に移し、腰を落ち着けて、薬子は両手を合わせた。朝食兼昼食だから、匂いをかぐだけで腹が鳴る。
「さて、どんな味か……」
麺を口の中に放り込む。最初は不安だったが、思ったより突飛な味ではない。麺自体に強い味はついていないから、ソースの味を邪魔している感じもなかった。太めの平打ちパスタをぎゅっと縮めたような感じなので、パスタソースもよく絡む。
全く差がないとは言えないが、これもおいしい。比べて優劣と言うより、どちらにも良さがある。
「ありだな、これ」
誰も聞いていないが、薬子は小さく感謝の言葉をつぶやく。美味しいものを食べると顔がゆるみ、自然と微笑みがもれた。──ちょっとお腹がきつくなったので、ルームウェアの紐を緩めるのはご愛敬。お腹がいっぱいになると気が大きくなって、なんでもできる気がしてくる。
「ちゃんと自炊できる材料、今から買いに行こうかな?」
珍しくやる気を見せた薬子の耳に、ざあっという水音が飛び込んできた。
外を見ると、雨の線が見える。本降りだ。道行く人が傘を差していて、慌ただしく家路を急ぐ人も多い。危ないと思ってはいたが、とうとう降ってきたのだ。
──今日は、引きこもり決定。薬子のやる気はあっという間に削げた。
いくら楽しみのためとはいえ、無理をしては続かない。分割するように、先に楽しみを残しておくのも、きっといいことなのだ。
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